キリスト教と共に広まるワイン ローマ帝国とヨーロッパへ全体への拡大 (B.C.500~A.D.1000頃)

 イタリア半島に位置するひとつの都市国家に過ぎなかったローマは、周囲の国や都市を征服しながら膨張を続け、A.D.100年頃にはヨーロッパのほとんどをその支配下におさめた巨大な帝国にまで成長しました。
ただし征服と言っても、破壊や殺戮で対象を消滅させてしまうよりも、ローマの属国として恭順することを求め、支配下にはいった国では都市の開発や農地の開拓を行い、ローマの属国民としてふさわしい文化や教養の教育も施しました。
ワイン造りについても同じで、ギリシャ時代に発展・拡散されていたブドウ栽培とワインの醸造法は、ローマ帝国によってフランス全域などのヨーロッパ内陸部まで浸透していったのです。

 都市が発達したことや人口が集中したことなどにより、ワインの消費量も爆発的に増えていきます。
支配者層やローマで生まれ育った人々などの上流階級では、現代のように何年もおいて熟成させたワインを飲むことが流行していきました。
これはギリシャ時代からさらにワインの醸造技術が発達し、アルコール度数の上昇などにより長期間の熟成に耐えられるようになったことを意味しています。
逆に属国民などの下層の人々は、劣化したワインを水で薄めたりブドウの搾りかすから造った低アルコール飲料を飲んでいたようです。
ワイン造りが浸透して生産量が上がったことから、失敗作や副産物なども多く生まれるようになったことが分かります。
かつてはワインであるというだけで貴重な飲み物とされ、上流階級だけが口にすることができるお酒でしたが、いまや(品質に大きな差こそあれど)ローマに集う人々が日常的に親しむことのできる飲み物となったのです。

 そして紀元前が終わり、ワインがヨーロッパ各地へと根付く最大の功労者となった、キリスト教が成立します。
キリスト教はナザレのイエスとその弟子たちによって開かれた宗教で、イエス・キリストの死後に急速に広まりました。
ユダヤ教の聖典である旧約聖書と、イエスの弟子たちによって書かれた新約聖書を聖典としますが、これらの中にはオリーブと並んでブドウやワインによる比ゆ表現の記述が非常に多くでてきます。
特に喜びや豊かさなどの例えとして、ワインを飲むことや宴を催すという表現が用いられているようです。
新約聖書にはイエスが水をワインに変えるという奇跡を起こしたとありますし、彼の例え話にも頻繁にワインが登場します。
そして、イエスが処刑される直前に最後の晩餐で「パンは私の肉、ワインは私の血である」と語ったことから、キリスト教の様々な儀式の中でワインが大きな意味を持つようになりました。
こうした理由から、キリスト教の教会は多くのワインを必要とし、力のある教会は畑や醸造所を所有するようになります。
5世紀にはいって、ローマ帝国がゲルマン民族の侵攻を受け、東西に分裂して次第に衰退していった後も、あらゆる文化や民族の中へと浸透しながらワイン文化を守り、それどころかよりいっそう多くの土地へと広めていったのです。

 ローマに変わってヨーロッパを支配し始めた国々にとっても、ワインは貴重な嗜好品でした。
また、各国の政治と強く結びついたキリスト教にとっても、その教義を広め遂行するためにたくさんのワインが必要です。
言語や民族を超えて結びついているキリスト教会は、次第にブドウの栽培やワイン醸造を主導するという地位を確固たるものにしていきます。
同時に、ブドウの樹の仕立て方や発酵の期間、熟成に要する温度管理など、細かな改善によっていっそう良質なワインが造られるようになったのもこの時期です。
キリスト教の指導者にとって、ワイン造りは単なる仕事ではなく、自分たちの信仰を示し、神の御業を読み解くための大切な修行でもあったため、効率や利益を超えた熱心さで研究を行いました。
テロワールの違いがブドウの品質に与える影響を分析し、その地域、その畑にあった品種や栽培方法を探り、醸造の方法で異なる特徴を持つワインを作り出していきました。
品質が向上し、味わいに差が生まれ始めると、貴族などの支配者層はより良質で好みに合ったワインを求めるようになります。
戦争によってワインの流通が途絶えたり、流行の変化によって需要が変わったりといった変化を何度も経験するうち、良質なブドウが取れる主要な土地だけでなくヨーロッパ世界の隅々までブドウ畑が開かれ、ワインが造られるようになっていったのです。

 14世紀までにいくつもの戦争を経験し、ある程度均衡を保つことができるようになったヨーロッパ諸国では、人口がこれまでにない速度で増加し始めます。
自国の需要を近隣諸国への侵攻でまかなうことに限界を感じた彼らは、遠い別の大陸や未開の土地へと領地を広げていくことで問題を打開しようとしました。
大きな船で海を渡る大航海時代。
ヨーロッパで熟成されたワイン文化が、その舞台を世界へと広げていく時代のはじまりです。