ピノ・ノワール 世界的に主要な赤ワイン用ブドウその2

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ピノ・ノワールとは

 カベルネ・ソーヴィニヨンと並んで、世界の主要黒ブドウ品種に数えられています。
フランスのブルゴーニュ地方原産で、ロマネ・コンティをはじめとする世界に名だたる高級ワインの原料として100%の割合で使用されることも多い品種です。
カベルネ・ソーヴィニヨンの分厚いタンニンに支えられたボディや渋みとは対照的に、酸味の強い比較的軽めの口当たりが特徴。
気温や土壌の質の差によって、果実的な華やかなものからいぶされたようなものまで、さまざまな官能的な香りを持つようになります。

 色素やタンニンがカベルネ・ソーヴィニヨンに比べると少ないため、通常の醸造法ではしっかりとした複雑な香味を持たせるのが難しい品種でもあります。
そのためブルゴーニュの伝統的な手法としては、発酵開始時に果実を破砕せず、重みで潰れた果実から流れ出た果汁を自然発酵させるという、新種ワインのような方式を取ります。
発酵をはじめた果汁は下部から汲み上げて上から流し込まれ、まだ発酵していない果実の腐敗を防ぎます。
次第に発酵している果汁が増えてくると、果実が果汁の中に浸った状態になるので、発酵状況を確認しつつ今度は櫂で潰すように混ぜ、新しい果汁が少しずつ発酵に加わるようにします。
こうすることで、最終的にしっかりと発酵が進んでアルコール度数が高まるころには、タンニンや色素がワインに移った状態になるのです。
ただ、それでももともと含有しているタンニンの量が少ないため、単体で使用したワインはカベルネ・ソーヴィニヨンよりも長期熟成しづらいとされています。
もっとも、長ければ50年以上熟成する醸造酒は、ワインというカテゴリにこだわらなければ十分長寿であるとも言えるかもしれませんが。

 ピノ・ノワールは遺伝子的に非常に不安定な品種です。
地質や気候はもちろん、ほんのわずかな気温差、湿度差、日照差など、いわゆるミクロクリマの違いによっても影響を受け、異なる特徴を持つようになってしまいます。
隣の畑や隣の樹と違うことも日常茶飯事で、場合によっては同じ樹の中の枝によってすら違うことも。
ワインにしたときの特性が違うだけではなく、ピンクや白の実がなったりすることもあるというから驚きです。
そのため、国を超えて植えられた場合は、もう別物といってもいいほどの変異を起こしてしまい、かつては「ピノ・ノワールはブルゴーニュでしか良質な実をつけない」とすら言われていたほどです。
現在では世界中で50近い数のピノ・ノワール変種が知られており、それとは別に完全に別品種として扱われるようになったピノ・グリやピノ・ブラン(その名のとおり白ブドウ!)などもあります。

世界のピノ・ノワール

フランス

 発祥の地であるブルゴーニュでは、「コート・ドール(黄金丘陵)」と呼ばれる地域で超優良品種が生産されることで有名です。
ピノ・ノワールは、土壌や気候の条件がほんの少しずれるだけでまったく違う特徴を持つようになるため、同じ地域であっても品質は千差万別で、どの畑、どの生産者のものかが非常に重要とされています。
縦に長いコート・ドールを北からゆっくり南下しつつ飲み比べていくと、同じブドウからできているはずのワインの味が、グラデーションのように変化していく様を楽しむことができます。
ちなみに、あのロマネ・コンティも当然ピノ・ノワールから造られますが、興味深いのはその周囲の畑のワインは、(隣接しているにもかかわらず)どれも少しずつ足りない部分があり、全ての良い特徴を持つのはロマネ・コンティだけとのこと。
ピノ・ノワールという品種の難しさと偉大さの良くわかるエピソードといえます。

 ブルゴーニュ地方以外では、アルザス地方で唯一の赤ワインの原料として栽培されていたり、シャンパーニュ地方でシャルドネにブレンドされてコクを生み出す7種類の黒ブドウ(すべてピノ系)のひとつとして使用されています。

イタリア

 イタリアのピノ・ノワールは、「ピノ・ネロ」と呼ばれています。
冷涼で降雨量が少なく、環境の特徴的には生育にマッチしているはずですが、なかなかフランス産に匹敵するような良質なものが育たないとされてきました。
比較的酸味が強く、青っぽい特徴的な香りがする、つまり全体的に未熟感が出やすいのです。
しかし、近年の研究でピノ・ノワールの環境による変異の起こりやすさが解明されると、質が向上しないのはそもそもすでにあるピノ・ネロが変異を起こしてしまっているからではないか、と考えられるようになってきています。
現在は、フランスから苗を購入して栽培を試すケースも増えてきており、イタリア産の偉大なピノ・ネロのワインが登場するのも近いかもしれません。

アメリカ

 カリフォルニア州のソノマを中心に、アメリカ全土で栽培されています。
当然、周辺環境もその土地々々によって大きく異なり、同じ「アメリカのピノ・ノワール」でも、繊細でエレガントなものから、パワフルで豊満なものまでさまざまなものがあります。
なかでもよく話題に上るのは、セントラルコーストの「カレラ」です。
このワイナリーのオーナーであるジャシュ・ジャンセン氏は、かつてロマネ・コンティで修行していた経歴があり、それまでぱっとしなかったアメリカのピノ・ノワールに新風を吹き込んだ人です。
そのため、「当時はフランスからのブドウ苗の輸入ができなかったので、ロマネ・コンティから枝を盗んできてクローンを作った」とか「もともと最新鋭の技術を扱う研究者だったので、ピノ・ノワールの栽培に適した土地を衛星で探しあてた」などと、色々な伝説的逸話、というか噂話がまことしやかにささやかれています。
(氏はどちらも否定していますが)
実際には、除梗(じょこう)をせずに房ごとタンクへ入れて、自然に染み出した果汁を汲み上げて上から流し込むという、ブルゴーニュの伝統に則った醸造法を取り入れるなど、経験を生かしたワイン造りが品質を裏打ちしているようです。