マディラ 海と太陽が育てる高温熟成ワイン 熟成方法と飲み頃その5

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 マディラはポルトガルの首都リスボンから南西1000kmに位置する島、マディラ島で造られるフォーティファイドワインです。
大航海時代、喜望峰周りのインド航路を行き来する船に積まれていたワインが、赤道付近の熱や航海による振動で変質し、独特の香味を獲得していたことから偶然発見されました。
輸送方法が変わって自然に変化することがなくなった現代では、陸上で当時と近い環境に置くことで生産されています。

マディラワインの最大の特徴 「天然熱熟製法」

 マディラワインの製法の中で、他のフォーティファイドワインとのもっとも大きな違いがあるのが「熟成」の工程です。
マディラの熟成方法は「天然熱熟製法」と呼ばれ、通常のワイン製法ではありえないほどの高熱環境に置いて熟成させることで船で運ばれていた時代の環境を再現し、独特の香味を作り出します。
天然熱熟製法の方式は大きく分けて二つあり、ひとつは室温が非常な高温になる小屋に樽を積み上げておくやり方です。
マディラ島は日本の九州や沖縄と同程度の緯度に位置し、年間を通して温暖な気候を有しています。
そのなかでも日当たりや海抜の関係で高温になる場所を選んで建てられるうえ、屋根や壁の素材、日光の入り方などを工夫することで小屋の温度は非常に高くなり、平均で30~50度にもなります。
この手法はカンテイロ(Canteiro)と呼ばれ、マディラの製法が生まれた頃から使われている伝統的な方式で、現代では特に高級な製品に使用されています。
もうひとつの方法は、タンク内に張り巡らせたパイプにお湯を通して人工的に加熱するやり方です。
一日の中で温度が上下するカンテイロと違って常に高温状態を保つことができ、温度自体も最大60度まで上げることが許可されているため、比較的短い期間で熟成を進めることができます。
また、熟成の進み具合を確認したり樽の位置を変えたりという細かい作業が不要になるため、労働力を削減できる上に大量生産することも可能です。
この製法はエストゥファ(Estufa)と呼ばれ、主に廉価な製品について使用されるようです。

マディラの熟成期間

 他のフォーティファイドワインと同じように、マディラも最低熟成期間が定められ、どの状態で何年熟成させたかによって細かく呼び名が変わります。
例えば、「フルスケイラ(Frasqueira)」と呼ばれる単一年度・単一品種のブドウを使用する最も高級なタイプのマディラの場合、カンテイロで最短でも20年以上、その後2年以上の瓶熟成を経ることを求められます。
収穫から販売できるようになるまで、実に四半世紀もかかってしまうのです。
また、それよりもやや条件の緩い「コリエイタ」(単一収穫年のブドウを使用)では5年以上の樽熟成、「ファイネスト」(原料ブドウに規定なし)でも3年以上の樽熟成が必要になります。
その他、複数の樽のブレンドを行うものでは、使用する樽の熟成年によって「ヴィンテージ(20年以上の樽熟成)」「エクストラリザーブ(15年以上の樽熟成)」「スペシャルリザーブ(10年以上の樽熟成)」「リザーブ(5年以上の樽熟成)」と分けられます。

 日照や昼夜の気温差によって温度が変動するカンテイロでは、温熱環境で最短でも2年以上に渡って熟成する必要があります。
(かつては下層階で火を焚くなどして小屋の温度を引き上げていたそうですが、現在では日当たりの良い場所を選んで自然な温度変化に任せる手法が一般的で、より時間がかかるようになっているようです)
それに対して、常時設定温度(40~60度)を保つことのできるエストゥファではずっと早く熟成を進めることができるため、早ければ3ヶ月程度で必要な状態まで熟成させることが可能です。
ただし、エストゥファの場合は常温まで冷ます過程で味わいや香りが変化するため、1ヶ月近くかけてゆっくりクールダウンする必要があり、その後も3年以上の樽熟成が必要になります。
つまり、全てのマディラワインは少なくとも3年以上の熟成を経ていると言えます。

 このような厳しい熟成を経験することで、マディラは極めて変質しにくい特性を獲得します。
フォーティファイドワインは全般的に高いアルコール度数などによって酸化に強い酒質を持っていますが、マディラはその中でも飛びぬけて保存性が高いお酒といえるでしょう。
輸送や保管にかかるコストも節約できるため、比較的安価に数十年前のヴィンテージのものを手に入れることもできます。
また、理想的な環境を与えられれば、100年を軽く超える熟成も可能です。
自分が生まれる前に造られたワインを、自分が去ったあとの世代に託す。
時代を超えて受け継いでいくことができるという意味で、マディラは単なる嗜好品や資産以上の価値を持っているといえるでしょう。