国や地域からそのワインの特徴を予測する 地域特性からのワイン選び

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 ワインはブドウの果汁を発酵させるという非常にシンプルな製法であるにもかかわらず、原料や製法、生産者の技術などによって千差万別に特徴を変えるお酒です。
しかし、それでも嗜好の方向性、消費者のニーズ、ブランディングの戦略などから、口や地域ごとに一定の特徴を見出すことも可能になっています。
ここでは、まったく知らない中から少しでも自分の好みに近いワインを選ぶための、地域的な特性について見てみましょう。

地理的な要因

 ワインの方向性を決定する要因のうち、人間が左右できないのが産地の地理的要因です。
科学技術が発達し、分析が進んだりある程度の環境を人工的に作り出せるようになったとはいえ、ワインほど大規模で繊細なお酒を品質と利益を保持したまま工業製品のように生産することはできません。
その分、政治や消費者ニーズなどの揺らぎに翻弄されにくい、信頼性の高い指標ともいえるでしょう。

気温

 地理的要因の中で、一番覚えやすく分かりやすいのは気温の違いです。
特にシャルドネやピノ・ノワール、ソーヴィニヨン・ブランのように、その土地の特徴を反映しやすいブドウ品種は、寒冷な気候ではシャープで酸味が際立つクリアな味わいに、温暖な気候では華やかな香りを持つ甘味を帯びた味わいになります。
これは気温の高低によってブドウ果実の状態での糖や酸の代謝が変わるからで、影響の多少に差はあれどどの品種でも言えることです。
もちろん、気温は緯度だけでなく土地の標高や川などとの距離なども関係してくるため単純化はできませんが、大雑把な国や地域の位置を把握しておけばブドウ果汁時点での傾向はわかるため、初心者にとっては重要な指針となるでしょう。
また、平均気温の高低はもちろん、昼夜の寒暖差も大きな要因となります。

降水量

 降水量はブドウ果汁の濃度や複雑味に影響を与えます。
水分がぎりぎりまで少ない土地では、ブドウの樹は地中深くまで根を伸ばして行き、複数の異なる地層の特徴を果汁に獲得していきますが、降水量が多く地表付近で水分補給ができてしまうと、それ以上根を伸ばそうとしません。
樹が吸い上げる水分量はそのまま果汁の濃度に反映されますので、例えば日本のように雨の多い地域では基本的にさっぱりとしたシンプルなワインになりがちです。
ただし、ヨーロッパを中心とした旧世界諸国とは異なり、新世界の国や地域では灌漑も積極的に行うところが少なくないため、降雨量はヨーロッパより少なめでありながら大量生産的な薄めの味わいになっている地域も少なくないようです。

地質

 ブドウの樹が根を下ろす土地の質は、当然ながらそこで生産される果汁とワインにも大きな影響を与えます。
ブドウの栽培に適していながら、生産地全体の数%しか存在しない希少な地質である石灰質は、複雑で繊細な高級感あふれるワインを生み出しますし、最も細かい砂礫がたまってできる粘土質からはマットでタンニンの多いたっぷりとしたボディのワインが生まれます。
前述のようにブドウの木の根は水分を求めて地中深く、場合によっては数十mももぐっていきますので、単純に表層の地質だけで判断することはできませんが、メインとなる地層や影響力の強い地層を基準にある程度見通しを立てることは可能です。
地形や降水量などに比べるとちょっと調べにくいかもしれませんが、今はネットなどを調べれば比較的手軽に、生産者や販売業者が上げたその土地の情報を得られるはずです。

歴史的な要因

 ブドウの樹を育て果汁の特徴を決めるのは自然の役割ですが、成長の方向性をコントロールしどのようにワインにしていくかは人の手にゆだねられています。
ワインは人の歴史の進歩や変化に寄り添い、発展を続けてきたお酒です。
その進化の道筋には、当然人の歴史が強く影響しています。

支配階級の影響

 ワインは西暦前数千年の昔から人々を魅了してきた飲み物ですが、現在と同じレベルのワインを一般の人々も飲めるようになったのはここ200~300年ほどのことです。
それまでは、ワインは王族や貴族、領主、聖職者など支配階級の人たちのものでした。
当然、その土地でどんなワインを造るかは、その土地の支配者がどんなワインを望むかによって決まります。
現在では所有者も方針もあらかた変わってはいますが、ヨーロッパの名醸地として名を馳せている土地のワインは、その方向性においてかつての支配階級の影響を受けているといえます。
例えば、フランスのボルドー地方一帯は、領主が英国王と結婚した関係で、1152年から1453年までの300年間英国領でした。
この期間中に開発が進んだボルドー地方では、イギリス市場向けのワイン造りが進み、イギリス側もこれを厚遇。
結果として、ボルドーはイギリス貴族を中心とした高級ワイン市場向けの、長期間熟成と保存の利く資産となるようなワイン産地へと進化していきました。
しかし、同じフランスのブルゴーニュ地方は主にキリスト教会が領主となり、高級ワインが造られるようになったあともそのターゲットはフランス貴族たちでした。
18世紀末に発生したフランス革命によって没収された後も、畑を分割所有したのは競売に参加したフランス市民のブルジョワ階級たちだったことを考えると、フルーティで華やかな香りを特徴とするブルゴーニュワインの特徴は、当時のフランスの上流階級の好みを反映していると考えられます。
ったかを調べていくと、自分の好みの味わいを発見しやすいかもしれません。

需要の方向性

 中世以降にブドウ栽培やワイン造りが本格化した地域では、どんなワインが求められていたかが方向性を決定付けたケースも少なくありません。
南アフリカのケープタウンは、もともと喜望峰回りの貿易航路を取る際に中継基地として開かれた土地で、最初はオランダの植民地でした。
しかし、宗教対立によってフランスから逃れてきた技術者が入植してきたり、18世紀以降イギリスの植民地となったことから、ワイン造りはフランス様式のものになっていきます。
その後、フィロキセラ災害や内戦などでワイン産業が衰退し、20世紀末ころから本格的に再興に力を入れ始めましたが、主要なブドウ品種などからもフランスの影響がいまだ濃く感じられます。
またイタリアでは、第二次世界大戦中にフランスワインが手に入らなくなってしまったことから、ボルドーのファンだったある貴族がカベルネ・ソーヴィニヨンを苗木で取り寄せ、自分でボルドータイプのワインを造り始めたことからスタートしたサッシカイアというワインがあります。
かつてイタリアでは、土着の品種を使用した伝統的な手法でのワイン造りが求められ、それからはずれるワインは全てテーブルワインとみなされていましたが、このボルドー風のワインが国内外で大評判になったことから追随する生産者が続出。
これらは「スペール・トスカーナ(スーパー・タスカン)」と呼ばれ、今ではイタリアの原産地呼称制度であるD.O.C.でも認められるようになっています。
このように、歴史的な需給関係があった土地では、離れていても似通った方向性のワインが造られていることがあります。
上記二つの例で言えば、フランスのワインが好みであれば南アフリカやスペール・トスカーナのワインもおいしく感じる可能性が高いですし、その逆もありえます。
いまの好みに近いワインを探す際には、ぜひ簡単にでもワインの歴史を紐解いてみてはいかがでしょうか。

戦略的要因

 地理的な条件や歴史に基づく変移以上に、より戦略的な観点から方針を定めている生産地もあります。
日本のようにワイン造りの歴史が浅く、現在も試行錯誤の中にある国や地域ももちろんあるのですが、価値観の多様化が進む中で生き残り、より成長していくために今までとは異なる方向性へ舵を切った地域も少なくありません。

消費者の嗜好の変化

 味や香りの好みは人それぞれ違うものですが、それでも大きなトレンドというものはあります。
ワインの場合も例外ではなく、甘口や辛口、刺激の強弱、熟成の度合、香りのタイプなど、長い歴史の中で好まれるタイプは常に移り変わってきました。
しかし、情報技術が大幅に発達し世界中と簡単に繋がることができるようになった近年の変化のスピードと大きさは、いまだかつて経験したことのないものになっています。
今まではトレンドが変わるといっても、あくまでその国や地域性の中でのことでした。
甘口好みの地域で造られるワインは、「辛口」といっても他の地域から見ればまだ甘口に寄っている、という具合に、触れ幅が小さかったのです。
しかし、現代では消費者は世界中のワインの中から自分の好みに合ったものを選ぶことができるようになったため、要求される変化の触れ幅も大きく、いままで通りの対応では追いつかなくなってきています。

 例えば、前述したとおりイタリアのワイン造りは20世紀中に大きく方針を転換し、より高品質なワインを生み出せるのであれば品種や製法について今までよりも柔軟な対応をとるようになってきています。
また、ドイツワインは長く甘口が特徴とされてきましたが、近年の辛口を求める傾向に合わせて辛口ワインの製造比率を増やしており、今では辛口が全体の60%を超えるまでになってきています。
ドイツの世界的な動きに追随する動きはこれにとどまらず、赤ワインの流行に合わせてブドウの栽培品種も急激に変化させており、1980年代には黒ブドウ:白ブドウが1:9だったものが2010年には3.5:6.5にまでなりました。
黒、白それぞれの中でもより好まれる品種の栽培面積が増えており、ドイツの国を挙げた本気度が伝わってきます。
これらの地域で、かつての評価に沿ったワインを探すとちょっと肩透かしを食らう形になるかもしれません。
しかし、現在の主流に合ったワインが好みなのであれば、過去の評価からみると合わないように感じられても、試してみる価値はあると言えるでしょう。

伝統的な味わい

 それとは逆に、より地域の伝統的な特徴を強化する方向へ進んでいる地域もあります。
詳細な情報が流れるようになり、生産者がみなマーケットの多数派の意見に沿ったワインを造るようになると、全体的な味や香りは急速に均一化していきます。
そうなると個々の製品の差は小さくなっていき、CMの量や価格の面などで不利な小規模生産者や地域は、より力のあるものに飲み込まれてしまいます。
しかしワインが飽くまで嗜好品である以上、多数派以外のワインを求める人たちも必ずいるのです。
そうした「多数派ではないワイン」を求める人々をメインの顧客とする場合、重要なのは他者との違いを維持する根拠が明確であること、そして十分な品質を持っていることです。
嗜好の変化はあれど、古い歴史を持つブドウの生産地で長く栽培されてきた品種や代々伝わってきた手法には、その土地に合った理由があるものです。
たとえメジャーな方向性ではなくとも、過去のワイン生産者たちが長い時間をかけて試行錯誤し研鑽してきた味わいには、強い説得力と魅力が宿ります。
一通りいろいろなワインを試し自分の好みも定まってきた頃、「普通のワイン」ではなんとなくつまらないな、と感じてきたら、こうした流行に流されずに踏みとどまることを決めたワインたちに目を向けてみてはいかがでしょうか。
今までの基準を覆す、ワインというお酒の懐の深さを再発見できるかもしれませんよ。