どっしりとして複雑な熟成向きワイン 熟成方法と飲み頃その2

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 ワインを今のように十数年~数十年という長期に渡って熟成させるようになったのは、ガラス瓶の製造技術が進歩し、丈夫で安価なボトルがワインの容器として普及するようになった17世紀頃のことです。
同時期にコルク栓が使用されるようになったこともあり、樽や甕だけで保管していた時代とは比べ物にならないほどの気密性を保持できるようになったことが最大の要因といえます。
18世紀にはブドウの栽培方法や醸造手法によって高品質で非常に高価なワインを造る生産者もあらわれはじめ、長期熟成が可能なガラスボトルと組み合わさって、ただの嗜好品としてだけではなく資産としての側面も持つワインが生まれます。
現在では、100年を超えて時を刻み続けるワインも存在しています。

長期保存に耐えられる理由

 熟成向きのワインが、劣化することなく何十年も熟成を続けられるのは、主に豊富に含まれるポリフェノールのおかげです。
ガラス瓶とコルク栓の組み合わせは、非常に高度な気密性を保持してくれますが、それでも完璧なわけではありません。
むしろ、少しずつでも熟成を進めていくためには酸素を完全にシャットアウトしてはいけないのです。
瓶の中の空間にたまった酸素は、わずかずつとはいえ換気されて、触れているワインを酸化させつづけます。
この酸化のスピードを抑え、ピークの到来を遅らせているのが、ポリフェノールなのです。
果皮や種子、果梗(かこう)、そして樽から溶け込んだ、タンニンやアントシアニンなどのポリフェノールには、強い抗酸化作用があります。
この作用によって、酸素が供給されてきてもすぐに酸化が進んでしまうことを避けられるのです。
この効果をより強く発揮させるため、カベルネ・ソーヴィニヨンやシラー、マルベックなどタンニンの含有量の多いブドウ品種を使用する、果梗だけでなく軸の部分の一部も一緒に発酵させる、発酵中に固形部分(マール)と接触している時間をできるだけ長く取る、ポリフェノール含有量の多い新樽を使用して熟成させるなど、様々なテクニックが取り入れられています。
もちろん、タンニンだけが濃くなると、渋くて口当たりが異常に固い、あまりおいしくないワインになってしまいかねないため、糖分や酸など他の成分値も上げる必要があります。
結果として厳密に摘房したり水分を抑制したブドウを使わねばならないため、長期間の熟成に耐えられるワインは原料時点から割高になってしまうのです。

長期熟成向きワインの熟成方法と飲み頃

 こうして造られたワインは、瓶詰めの前から入念な熟成を行います。
先ほど書いた通り、含有しているポリフェノール量の多い新樽を使用して、1年以上、場合によっては3,4年もの時間をかけて樽熟成を行うのです。
生産者によっては、香り付けの意味もかねて新樽を複数個使用するケースもあります。
白ワインの場合は赤ワイン比べて飲み頃までの時間はどうしても短くなりますが、それでも樽熟成や澱と共に熟成する「シュル・リー」を行って十分にポリフェノールを取り込むことで、酸化のスピードを抑制して長く保管できるようになります。
そのため、長期熟成向きのワインは、ヴィンテージから3~5年遅れで売り出されることになります。
現在最新ヴィンテージとして販売されているワインがいつのものかを確認することで、そのワインがどれくらいの熟成期間を想定しているかを、ある程度推測することができるのです。

 そうして数年の樽熟成を経て瓶詰めされたワインがいつ飲み頃を迎えるかは、そのワインの保管方法にかかっています。
生産者によっては、理想的な環境(自然光も人工光もめったに当たらない、温度が理想の範囲内でゆっくり変化する、振動がないなど)で熟成させた場合、どれくらいで飲み頃を迎えるようになっているかを教えてくれるケースもありますが、基本的には自分で判断せねばなりません。
どんなワインもいつかは味わいのピークを迎え、その後はゆっくりと老化していってしまいますし、人間だっていつまで生きられるか、あるいはワインを楽しめるほど健康でいられるかはわかりません。
飲むべきタイミングを逸してしまうのは、開けるのが早かったケースよりも悔しいものです。
ワインの熟成には、決断力が求められると言えます。
また、繊細なワインは10年おきに開栓して、蒸発して減ってしまった分を継ぎ足さねばならないため、何本か余分にキープしておく必要があります。
環境や保守作業に自信がない場合は、プロが管理してくれるレンタルセラーを利用してもいいでしょう。

 保存期間が長期にわたるほど、飲み頃を迎える前にダメになってしまうリスクも高まっていきます。
想定よりも温度が上がってしまうかもしれませんし、当たらないと思っていた光がどこからか差し込んでしまっているかもしれません。
コルクが乾燥したり傷ついていて必要以上に酸素が入っている可能性もありますし、そもそもコルク栓を使用している時点でブショネの問題は常に付きまといます。
日本で保管する場合は、地震でセラー丸ごとダメになってしまう可能性すらあるのです。

 それでも、これらのリスクを承知で長期熟成に挑むだけの価値が、ワインにはあるといえます。
全ての試練を乗り越え、待ちに待った開栓の日、そのワインが体験してきた何十年という時間の結晶が、芳しい香りと素晴らしい味わいとなってあなたを祝福してくれるでしょう。