アイスワイン、貴腐ワインなど濃縮果汁の醸造方法 極甘口デザートワインができるまで

目次

 ワインは濃縮された果汁を使用して醸造することで、より複雑で濃厚な香味を獲得することができます。
通常は水捌けの良い夏場の降水量の少ない土地で栽培し、まとまった雨に当たらないうちに収穫を終えることで果実内の果汁濃縮を促しますが、この手法ではどうしても限界があります。
しかし、この限界を自然の力を借りて超え、もはやシロップのようになった果汁から造られるワインがあります。
収穫量の不安定さや果汁の量の少なさから、例外なく貴重なボトルとなる「果汁濃縮ワイン」ができるまでを見てみましょう。

貴腐ワイン

貴腐化

 貴腐ワインの原料となる貴腐ブドウは、ブドウの葉や果実について腐らせてしまう灰色カビ病が果皮にびっしりと広がった、本来であれば病害でだめになってしまったとみなされるような状態の物です。
実際、このカビに取り付かれたブドウの果実は、ほとんどの場合において単に「カビたブドウ」で、当然ながらワインの原料などにはなりません。
ただし、昼夜の寒暖差が激しく、日中は十分乾燥しており、未明から明け方にかけて霧が畑を覆うような絶妙な環境の中で、完熟したブドウの果実に灰色カビ病を引き起こすボトリティス・シネレア菌だけが繁殖するという条件が重なると話は違ってきます。
このカビ菌は湿度が少ない状態であれば、果実の水分を使用して果皮のロウ分だけを溶かして広がった時点で活動を停止し、中の果実を腐敗させることはないため、果汁は健全な状態を保ったまま水分だけが蒸発していきます。
また、周囲をカビに覆われることで、果汁に独特の風味が加わります。
その状態のまま樹上で放置されることで、しわしわになった果皮の中に驚くほど濃厚で透明な、貴腐ワインの原料となる果汁が生まれるのです。

収穫

 貴腐ワイン造りは、この貴腐ブドウの中から適切に濃縮が進んだものを見極め、ひと房ずつ手作業で集めるところから始まります。
さらにもっとも高級な物では、房の中の果粒ごとに状態をチェックし、完全な状態の物だけを一粒ずつ選り分けていくところもあります。
灰色カビ病はほとんどの場合、畑や樹全体に同時に発生することはなく、果房のどこか一部に発生して次第に広がっていきます。
当然、ロウ分の侵食具合も果汁の濃縮も房ごと・果粒ごとでまちまちになるため、使用できる状態になったものから収穫する必要があるのです。
作業員はブドウが樹上に残っている限り、何度も何度もこまめに畑に出ることになります。
しかし十分にチェックしていても、ちょっとした天候や気温の変化で別の菌が繁殖するなどして使えなくなってしまうブドウも少なくはなく、運が悪いとかなりの割合でロスが出ることもあります。

圧搾

 収穫した果粒から表面のカビを払い落とすと、しわしわの干しブドウ状になっています。
当然果汁の粘度も高くなっており、通常のブドウの圧搾と同じスピードで絞るというわけにはいきません。
現代では油圧式の繊細な調整ができる圧搾機を使用し、何段階かに分けて搾汁が行われます。
もっとも風味が強く糖度の高い果汁は一番最後に流れ出してきますが、中の種や果梗(かこう)から不快なほど渋みが出てしまうまで圧力をかけるわけにはいきません。
その年の果実の水分の抜け方を考慮し、何度も状態を確認しつつぎりぎりまで絞っていきます。

アルコール発酵

 生産者によってはここで一晩ほど液内浮遊物を沈殿させて取り除く作業をはさみ、いよいよアルコール発酵へと進みます。
貴腐ブドウの果汁は完熟したブドウ果汁の倍近くの糖度があり、濃縮されて粘度も高くなっています。
また、ボトリティス・シネレア菌由来の天然の抗生物質が微量に含まれるなど、酵母菌の活動を抑制する要素を複数含んでいます。
そのため、貴腐ワインのアルコール発酵は3~4週間、場合によっては1ヶ月以上かけてゆっくりと進むことになります。
温度は白ワインにしてはやや高めの20度前後に設定し、これ以上高くも低くもならないように調整しなければなりません。

熟成

 普通のワインであれば、発酵が終わった時点で果汁由来の糖分はほとんど消費しつくされていますが、濃縮された果汁を使用する貴腐ワインでは、アルコール濃度で酵母の活動限界が来るほうが先になります。
アルコール濃度が15度程度まで高まっていても、まだ完熟フルーツ並みの糖分がワイン内に残留しているのです。
また、製品によっては残留する酸とのバランスをとるため、急冷したり亜硫酸塩を加えて発酵を途中で止めますので、さらに甘い物も存在します。
この糖分とアルコールなどの成分をしっかり馴染ませるため、樽熟成期間もまた非常に長く必要になります。
一般的なもので1年半~2年、高級な物になると4年近く樽の中で熟成しなければなりません。
そうすることで、アルコールと他の成分の調和が取れ、さらに樽からの香りがうつることでさらに複雑で繊細な香味を獲得するのです。

調合(アサンブラージュ)

 熟成が終了したら、通常は調合を行うことになります。
一度に仕込める量がごく少なく、果実の状態をコントロールしにくい貴腐ワインは、品種ごと、ロットごとのばらつきも大きくなりがちです。
ある程度は仕方ないとはいえ、あまりに大きな差が出ないようにする必要があります。
使用可能な原酒の規定には国や地域ごとに差がありますが、醸造家は定められた範囲の中で最高の味わいになるよう、注意深くブレンドを施します。

瓶詰め

 ほとんどの場合、貴腐ワインは濃度が高すぎてうまく清澄することができません。
遠心分離機や浸透膜方式など、近代的な機械を使用する一部のワイナリー以外では行うにしても滓引きくらいで、あとは基本的にそのまま瓶に詰められることになります。
ブドウ果汁の旨みをこれでもかと濃縮し、さらに時間をかけて磨き上げた奇跡のようなワインは、通常よりも少量のボトルに詰められて、販売店かさらに熟成させるためのセラーへと送られます。

アイスワイン

氷結濃縮

 アイスワインは、その名の通り凍り付いた果実を絞って造るワインです。
果汁のように糖分などが溶けた状態の水溶液が凍ると、氷点の高い純水の部分から凍っていきます。
結果として全体の成分がまだ凍っていない水溶液の方へ溶け込むことになり、成分濃縮が進みます。
これを氷結濃縮といいます。
アイスワインは、この作用によって樹上に残ったまま濃縮状態となった果汁を使用するのです。
また、しっかりと凍った状態の果実でなければ本来の品質にならないため、期間や見た目から十分だと思えても、気温がマイナス8度以下まで下がるまでは収穫することができないことになっています。
現在では収穫後のブドウを人工的に氷結させる装置なども開発されていますが、これを使用した場合は「アイスワイン」という名称を使用することはできません。
このワインの生産者は、収穫間際になると畑の様子はもちろん天気予報を頻繁にチェックすることになります。
そして気温が規定よりもしっかりと下がった早朝、日が昇って気温が上昇する前に畑へ出て、事前に目星をつけておいた果実を急いで収穫して回るのです。

圧搾

 氷結状態で収穫したブドウは、もちろん溶け出す前にすぐに圧搾します。
果実に含まれる水分のうち純水に近い部分は凍っているため、流れ出してくるのは凍っていない濃縮された部分だけになります。
しかし、濃縮されている分粘度も上がっているため、圧力をかけたからといって簡単に流れ出してきてはくれません。
また、急激に圧をかけると熱も発生してしまうため、慎重な加圧操作が必要になります。
伝統的なプレス機を使用しての圧搾であれば、中の氷が解けてしまわないように野外かそれと同等の温度の中での、忍耐のいる作業です。
こうして得ることのできる果汁は、凍らせていない場合に比べて1/6~1/8程度。
しかも、収穫ができるようになるまでの間に害虫や動物による食害、病害、悪天候などによるロスも相当量あり、気温によってはそもそも収穫自体ができないこともあることを考えると、どれだけ貴重な果汁であるかわかりますね。
ちなみに、アイスワインは貴腐ワインと違って黒ブドウで作ることもできます。
製法上、浸漬(マセラシオン)はできませんが、とてもゆっくりと時間をかけて絞ることと、凍結することで成分が染み出しやすくなっていることから、圧搾するだけで果汁にしっかりと赤い色が移るのです。
ただし、この時点ではアルコールがまったく含まれないため、タンニンはほとんど溶出してきません。

アルコール発酵

 圧搾した果汁は水分が少なくどろっとしていて、ほとんどが糖分とリンゴ酸などの成分です。
糖度はシロップどころか、保存性を高める目的で砂糖を大量に入れて作るジャムと同じくらい(35~50度前後)まで高まります。
ここに酵母を加えても、通常のワインと同じようには発酵が進んでいきません。
20度前後の低温で、1ヶ月ほどの時間をかけてあせらずゆっくりと発酵を見守ります。
そして、香りや酸味とのバランスを見つつ、アルコール度数9~14度くらいで急冷したり亜硫酸塩を添加して発酵を止めます。

熟成

 発酵が終了したら、ワインの香りと味わいが落ち着くまで熟成の期間に入ります。
ヨーロッパでは伝統的な樽熟成を行うところが少なくないようですが、カナダなど樽は少数派でステンレスタンクでの熟成のほうがメジャーな地域もあります。
樽での熟成を行うと、タンニンをはじめとしてワインらしい香りや味わいを取り込むことができますが、極甘口ですでに濃厚なブドウ由来の香りを持つアイスワインに、樽のニュアンスがうつってしまうのを嫌う人もいるため、一概にどちらが優れているという話ではなく生産者の設計によって使い分けられています。
熟成期間は、短期間の物でも1年以上、長いものでは貴腐ワインと同じように3年以上かけている製品も珍しくありません。
アイスワインは貴腐ワインに比べて酸味が強く残ります(貴腐ワインの場合はボトリティス・シネレア菌が酸を減少させるといわれています)ので、同じアルコール度数や糖度でも比較的すっきりした味わいになります。

調合(アサンブラージュ)

 熟成が終了したら、製品によっては多品種からできた原酒アイスワインとのブレンドを行います。
アイスワインは貴腐ワインよりも使用できるブドウの品種が多彩なので、調合によって作り出せる味わいも様々です。
近年では「高級で本格派のデザートワイン」というより、「ワインが苦手な方やアルコールに弱い方でも楽しめる甘口ワイン」という方向性のものも増えてきており、アイスワインの世界とファンの層を広げつつあります。

瓶詰め・出荷

 完成したアイスワインは基本的に非常に高価なため、通常のワインの1/2~1/4という小さなサイズの瓶に小分けに詰められて販売されるのが一般的です。
(非常に甘くて一度にたくさんは飲めないので、もし大きなサイズの瓶で販売されていても飲みきれないケースが多い、というのも一因です)

麦わらワイン(ヴァン・ド・パイユ)

 麦わらワインは、収穫後のブドウを乾燥させて造るワインです。
フランス、ジュラ地方の名産品で、かつては刈り取った麦わらを敷き詰めてその上で乾燥させていたのでその名が付きました。
名称からして牧歌的な雰囲気が漂いますが、その製法もまた非常に気の長いのんびりした物です。

パスリヤージュ

 ヴァン・ド・パイユに使用されるブドウは、サヴァニャン(Savagnin)、ムロン・ダルボワ(Melon d’Arbois)(=シャルドネ)、プールサール(Poulsard)の三種類。
赤も白も存在します。
これらの品種を通常の収穫時期より長く樹上に残し、遅摘みの過熟ブドウにします。
それを収穫した後、さらに良質な物だけを選定し、すのこや麦わら、棚の上などで最低6週間以上乾燥させます(パスリヤージュ/Passerillage)。
この工程によって、水分は約50%まで減少し、もともと過熟気味で少なくなっていた酸もさらに減って、ちょっと水分の多いレーズンのようになります。
もともと遅く摘んだ物をゆっくり乾燥させるので、次の工程に進むのは年が明けてしばらく経ったころです。

圧搾

 乾燥が終了したブドウを圧搾すると、糖度の高い濃厚な果汁が得られます。
ただし、単純に干して水分を飛ばしただけなので、貴腐ワインのような独特の風味もアイスワインのような酸と糖のあやういバランスもなく、素朴でどこかほっとするような甘さのブドウ果汁、という感じになります。

アルコール発酵

 絞った果汁に純粋培養の酵母を加え、アルコール発酵を行います。
他の濃縮果汁ワインと同じように、時間をかけてゆっくりと発酵させるのですが、ヴァン・ド・パイユの場合は桁が違います。
なんと、発酵にかける期間が丸一年! 通常のワインで1~2週間、長いと思った貴腐ワインなどでも1ヶ月ほどだったことを考えると、ちょっと心配になる程の長さです。
この気が長いというより、放置しているのに近いんじゃないかと思ってしまうような発酵過程によって、アルコール度数14~17度という、ワインの中では比較的高めのアルコール濃度を獲得します。

熟成

 長い長い発酵期間がようやく終わると、今度は樽での熟成にはいります。
この工程も非常に長く、最低でも18ヶ月以上寝かさねばならず、一般的には2~5年をかけてじっくり熟成します。
実はこのヴァン・ド・パイユ、「圧搾した日(収穫した日ではなく!)から3年間は販売してはいけない」と定められており、発酵も熟成もたっぷりと時間を取ることが前提となっているワインなのです。
しかし、長期熟成と言うと「複雑味を増していく」とか「アルコール発酵によっていったん崩れたバランスを整える」というイメージがあるものですが、このワインに限ってはもっとほのぼのとしたものを感じます。

瓶詰め

 こうして、最長で6年以上という時を経てようやく完成したヴァン・ド・パイユは、「ポ(Pots)」もしくは「ドゥミ・クラブラン(Demi Clavelin)」と呼ばれる375mlの専用のボトルに詰められて出荷されます。
でも場合によっては、出荷後もセラーや保管庫に留め置かれ、ボトルの中でさらに熟成させられることもあるとのこと。
その名のイメージ通り、非常に牧歌的なのんびりしたワインだと言えるでしょう。