ジュラ・サヴォワ地方  フランスのワイン産地3

目次

ジュラ地方とは

 ジュラ地方は、ブルゴーニュ地方の東、スイスとの国境付近の山間部に位置するやや小規模な地域です。
ローマ帝国時代から知られていたとされる古代から続くワイン造りのほか、コンテなどのチーズや精密機器、特に時計の生産でも有名です。
大規模な生産者や有名な銘柄がほとんどないため、日本など海外での知名度はフランスワインの中では比較的低く、目立たない産地だといえます。
地名の由来は、約2億年前の「ジュラ紀」の地層を持つこと。
ウミユリ科の植物の化石が多く見つかったことから、その形状に由来して「レトワール(L'Etoile/星)」という名の村、そしてその村名のAOCもあります。
山麓に位置するため土砂の堆積した土地を持ち、降水量は多いものの日照と水はけの良い斜面で、他の地域では見られないような特殊な製法のワインを、伝統を守りながら造っています。

ジュラ地方のワイン

 あまり大きな地域ではないにもかかわらず、ジュラ地方がフランスの主要なワイン生産地とされているのは、クオリティの高いスパークリングワインである「クレマン デュ ジュラ(Cremant du Jura)」、そして「ヴァン・ジョーヌ(Vin jaune)」「ヴァン・ド・パイユ(Vin de Paille)」などここでしか造られない特殊な製法のワインがあるからです。

クレマン・デュ・ジュラ(Cremant du Jura)

 クレマンはフランスのスパークリングワインの一種で、「泡を半分取り除いた」という意味の名の通りシャンパンのガス圧(5~6気圧)に比べて約半分(3.5気圧)ほどのやさしい泡が特徴です。
製法としてはシャンパーニュ(トラディッショナル)方式を使用するので、非常に高品質ですが、シャンパンに比べて手頃な値段になっています。
ジュラ以外にも、ロワール地方やアルザス地方、ローヌ地方などでも造られています。

ヴァン・ジョーヌ(Vin jaune)

 「ヴァン・ジョーヌ(Vin jaune)」は、スペインのシェリーと同じく産膜酵母の力を借りて造るワインです。
トラミネールの亜種であるサヴァニャンと呼ばれる品種の白ブドウを使用したワインを樽に詰め、最短でも6年間熟成させます。
この間、蒸発によって減っていく分の注ぎ足し(ウィヤージュ/Ouillage)や滓引き(スーティラージュ/Soutirage)は一切行わず、樽の移動も行いません。
内容が目減りしたことで上部に空気に触れる部分ができますが、ここに産膜酵母が膜を張り酸化のスピードを緩やかにしてくれます。
液面を揺らしたりかき混ぜたりすると消えてしまうこの膜を維持したまま6年間の熟成を進めると、濃縮されたワインはその名の通り濃い黄色を帯びるようになり、シェリーのように産膜酵母独特の香りを獲得します。
完成したワインは通常のワインボトルより容量の少ない(620ml)「クラヴラン(Clavelin)」と呼ばれるボトルに詰められて出荷されますが、その状態で50年以上、高品質なものでは100年の熟成に耐えると言われる強固な保存性があります。
クルミや紹興酒にたとえられる独特の風味はファンが多く、ジュラ地方の料理にも使用され、同じくジュラ地方の主要な製品であるコンテチーズとの相性は抜群といわれていますが、その製法の難しさや生産量の少なさからやや高価なワインとしても知られています。

ヴァン・ド・パイユ(Vin de Paille)

 「ヴァン・ド・パイユ(Vin de Paille)」は果汁濃縮系のワインです。
樹上で完熟させた遅摘みブドウを、さらに藁やすのこの上で数ヶ月乾燥させて果汁を濃縮させます。
そして春に入り、次の年の畑仕事も始まろうかという頃にようやく絞って発酵させるのですが、発酵期間はなんと1年。
発酵の進みにくい濃縮果汁系ワインですが、この異例すぎるほど長い発酵期間のおかげで、ヴァン・ド・パイユのアルコール度数は14~17%にもなるのです。
その後、樽熟成を2~5年経て「ポ(Pots)」と呼ばれる小容量(375ml)のボトルに詰められ出荷されます。
仕上がりは当然極甘口になりますが、貴腐ワインやアイスワインに比べて素朴でやさしい風味が特徴です。

 ヴァン・ジョーヌもヴァン・ド・パイユも、同系列のワインに比べて非常に長い時間のかかる、フランス国内に類を見ない製法が特徴のワインですが、これはジュラ地方の気候や歴史が関係しています。
フランス東部でスイス国境とも接する山間部でもあるジュラ地方は気温が平均して低く、ブドウの産地としては降雨量の多い地域でもあります。
そのため、通常の方法では十分な品質のワインになりにくい畑も多く、製法でカバーする必要があったのです。
また、現在ジュラ地方が所属している地域は、近年フランスの地域名再編が行われるまでフランシュ=コンテ地域圏に属しており、1678年にフランスに併合されるまでブルゴーニュ伯領でした。
歴代の領主はブルゴーニュ公や神聖ローマ帝国皇帝などが勤めましたが、最後の100年ほどはスペインのハプスブルク家の支配地となっており、フランス領となったあともシェリーの製法をアレンジしたワインの造り方を伝承し続けていたと考えらえています。
経済や政治の中心地から離れ、比較的ゆっくりとした時間の流れる、新しい技術や価値観がはいってきにくい立地も影響しているといえるでしょう。

ジュラ地方の主要産地

 ジュラ地方の産地はどれも小さく、生産者も小規模でほとんどが主要ないくつかの地域に固まっています。
19世紀のフィロキセラ災害で大ダメージを受けたこともあり、現在生産されているワインの9割以上がAOCワインであるとされています。

アルボワ(Arbois)

 アルボワはジュラ地方の主要産地で最も北に位置する町です。
ここは低温殺菌法(パストゥリザシオン/パスチャライズ)の発明など近代ワイン製法に数多くの功績を残したルイ・パストゥールが少年時代をすごし、アルコール発酵の原理を発見した土地としても知られています。
ジュラ地方のワイン醸造の中心地で、その品質の高さは併合直後のフランス貴族社会にも知られており、ヴェルサイユ宮殿で飲まれていたことでも有名。
AOCとしては赤、白、ロゼワインのほかヴァン・ジョーヌもヴァン・ド・パイユも認められており、地方全体の70%以上のワインを生産しています。

シャトー・シャロン(Château-Chalon)

 アルボワの南、ジュラ地方の中心付近にある村です。
現在はシャトーがあるわけではなく、かつて同名の修道院があったことからその名がついたといわれています。
トカイから伝わったブドウを改良し、現在のサヴィニャンを作り出したといわれています。
そのためか、AOCとしてはヴァン・ジョーヌだけが対象となっています。

レトワール(L'Etoile)

 ジュラ地方の南西に位置する村です。
この地域のジュラ紀の地層から、星型のウミユリの化石が多く発見されたことからその名がついたとされています。
ヴァン・ジョーヌとヴァン・ド・パイユを中心に造っている、この地方の特徴的なワイン造りを行っている地域です。
早飲み系の白ワインも造っていますが、こちらはあまり知られていないようです。

サヴォワ地方

 サヴォワ地方はジュラ地方の南、レマン湖から流れるローヌ川沿いを中心とした地域です。
ジュラ地方に程近く、特徴も似通っていることから「ジュラ・サヴォワ地方」としてひとまとめに語られることの多い地域ですが、歴史的には19世紀にフランス領となるまではまったく別の道を歩んできた地域です。
東部のスイス国境側に標高の高い山々を有する山間部に位置し、スキーなど冬の観光地としても知られています。
そのため、標高や地形によって気候条件が大きく異なり、その中で日照時間が長く気温が比較的高い標高200~500mにある村々がブドウの産地となっています。

 サヴォワ地方はもともと、現在のイタリアの元となった「サルディーニャ王国」の領土でした。
しかし、度重なる戦争や領地争いの中で何度もフランスの占領を受け、1860年にイタリア王国の成立と引き換えに完全にフランス領となります。
そのため「フランスワイン」としての歴史は浅く、栽培されている主要品種も黒・白ともに土着品種の存在感が小さくありません。
ローマ時代からブドウ栽培とワイン醸造が行われていた歴史が残っており、20世紀には一時大きく勢いを減じたものの、現在は価値観の多様化や伝統的ワインへの再評価の動きからまた栽培面積が増加傾向にあるようです。

サヴォワ地方のワインとブドウ品種

 サヴォワ地方は、石灰質や泥炭質の土壌が広がっており、基本的には辛口白ワインの比率が高くなっています。
ただし、AOCでは複数の異なる特徴を持つスパークリングワインが認められている地域でもあります。
お隣のジュラ地方のように「クレマン」があるわけではありませんが、土着品種の や を使用した白ワインで知られるセイセル(Seyssel)や、地域内の60あまりの村々では、瓶内二次発酵を経るシャンパーニュ(トラディッショナル)方式で造られシャンパンと同じく5~6気圧のガス圧を持つ「ムスー(Mousseux)」が造られており、セイセル・ムスー(Seyssel Mousseux)では白、地方全体に点在する村を含むAOC「ヴァン・ド・サヴォワ・ムスー(Vie de Savoie Mousseux)」では白に加えてロゼも認められています。
また、同地域内でそれよりもかなりガス圧の低いペティヤンが造られており、こちらも「ヴァン・ド・サヴォワ・ペティヤン(Vie de Savoie Pétillant)」としてAOCに認定されています。

 サヴォワ地方では、フランスの一般的な品種と合わせて、この土地特有の品種がいくつも栽培されています。
黒ブドウ品種のモンドゥーズ(Mondeuse)は、現在サヴォワ地方のみで栽培されている品種で、粒が小さくて皮の厚い、パワフルな味わいが特徴です。
シラー(シラーズ)の二世代前の交配種であることもわかっています。
白ブドウでは食用としても知られるシャスラ(Chasseias)、ペティヤンの原料としても利用されるジャケール(Jacquere)、幾つかのAOCで100%指定のあるアルテス(Altesse)などが栽培されます。
シャスラは古くはヨーロッパ中で作られていたこともあった品種ですが、現在はスイスとサヴォワ地方でしか見られません。
こうした珍しい品種が使用されているのは、領有権の移動が頻繁で独自のワイン造りが行われていたこと以上に、厳しい条件の気候が理由であると言われています。
標高は低めの位置にあるとはいえ、世界的にも有数の高山の斜面に畑を持つサヴォワでは、特に冬の厳しい寒さや乾燥に耐えなければならず、必然的に生命力の強い耐候性のある品種が選ばれるようになったのです。
現代では効率や一般的な嗜好の傾向が重視され、同じような品種が世界各地で同じように栽培されるようになっていますので、こうした特殊な品種を使用する地域のワインは貴重であるといえるでしょう。