ワイン対コーヒー 他の飲み物との比較その4

目次

コーヒーとは

 コーヒーは、コフィア属に分類される「コーヒーノキ」という植物の種子を加工・焙煎し、湯や水で成分を抽出した飲み物です。
世界的に利用されている嗜好品飲料のなかでは比較的歴史が浅く、現在のような形で利用されるようになったのは14~15世紀頃、最初に飲み始めたのはイスラム教徒でした。
その後、貿易によってキリスト教圏の国にも伝わり、宗教の壁を越えて普及するようになります。
大航海時代には、オランダやフランスが苗木を持ち込むことで世界各地に生産地が拡大。
ちょうど、ブドウの樹の栽培条件にそぐわない赤道付近の土地(いわゆる「コーヒーベルト」)がコーヒーノキにとって好条件となったことから、ワインと競合することなく栽培が行われるようになりました。
19世紀以降は抽出技法の発達や大量生産化が進み、一気に世界中で飲まれるメジャーな飲み物になっていきます。
アルコール飲料と違い抽出前の状態でも販売されているため、自家焙煎や抽出方法などにこだわった楽しみ方もでき、趣味として生活に取り入れる人も少なくありません。

コーヒーの歴史との比較

 有史以前から存在が確認されているワインと異なり、コーヒーの歴史はまだ浅く、商業的に栽培されるようになってから6~7世紀しか経っていません。
しかし、流行するようになったのがちょうど海を越えた貿易が盛んないわゆる「大航海時代」であることや、当初イエメンの商人に栽培が独占され希少な商品であったことなどから、爆発的に生産地や消費量が増えていきます。
これは、ワインやビールなどがゆっくりと人々の生活に溶け込み広まっていったのと対照的であるといえます。
その代償としてか、コーヒーはその短い歴史上でも何度も否定的な意見と戦わねばなりませんでした。
最初にオスマン帝国でコーヒーハウスが増えていった際には、イスラム教徒が飲んでも良い飲み物かどうかで論争が起こり(イスラム教では戒律で焦げた食べ物を避けねばならない)、コーヒーハウスが犯罪者のたまり場になっていると非難されることもありました。
キリスト教圏に伝わった際には「異教徒の飲み物」「悪魔の飲み物」として排斥されかけ、時の法王が洗礼を施すことでようやく議論が終結する、という騒ぎも起こっています。
(イスラム教徒はアルコールを飲まないため、ワインを信仰上の重要なアイテムと考えるキリスト教徒にとって単なる「別宗教」以上の感情があったとも考えられています)
日本にも江戸時代にオランダ商人を通じてコーヒーが入ってきたという記録がありますが、「焦げ臭くて飲めたものではない」という評価だったようです。
この点も、長い歴史上一貫して支配者や貴族たちの飲み物としてもてはやされ、「高貴な飲み物」の座に君臨してきたワインとは真逆の歴史であるといえるでしょう。

コーヒーの生産量との比較

 ワインがブドウの状態で一般消費者の元まで流通することはありませんが、コーヒーはコーヒー豆の状態でも販売されています。
そのため、生産量については単純な比較はできません。
コーヒーの年間生産量は、コーヒー豆ベースでいうと約892万tです(2014年統計)。
コーヒー一杯(150ml)を入れるのに平均12gの豆を使用すると仮定すると、全ての豆を抽出すると1億1150万キロリットルになります。
(実際にはくず豆として排除されるものやコーヒー飲料の原料となるものがあり、焙煎時の重量変化、エスプレッソのように少量のお湯で抽出する器具などの関係もあるのでここまで単純化はできませんが)
ワインの年間生産量は2757万キロリットルですので、コーヒーのほうが約4倍も多いことになります。
もちろん、アルコールの有無、価格の差、片方は原料でもう一方は加工後の製品であることなど、条件の違いがありすぎて単純な優劣は語れませんが、これだけ世界中で造られているワインを大きく凌駕するコーヒーの普及率は目を見張るものがあるといえます。

コーヒーの生産地との比較

 コーヒー豆がなる樹であるコーヒーノキは、熱帯・亜熱帯地方で育つ多年生の植物で、冬に気温が下がりすぎる地域では育てることができません。
しかし、一年中同じように暑い地域でもダメで、昼夜の寒暖差が激しいほど良質なコーヒーが育つといわれています。
そのため、現在では北緯、南緯それぞれ25度以内の、いわゆる「コーヒーベルト」内で、かつ一定以上の高地で栽培されています。
ブドウの樹は冬季の冷え込みによる休眠が必要不可欠で、寒暖差は同じように必要であるもののあまり雨の多くない湿度の低い地域が栽培に適しています。
この栽培適性地の違いによってワインとコーヒーの生産地は自然と分かれており、ワインの上位生産地とコーヒーのそれはまったく違うものになっています。
コーヒーの生産量一位はブラジル(280.4万t)、二位がベトナム(140.6万t)、三位コロンビア(72.8万t)、四位インドネシア(64.4万t)、五位エチオピア(42万t)となっています。
これ以降のランキングを見ても、15~18世紀ころにコーヒーの栽培が始まった地域が、規模の拡大・縮小の差はあれどそのまま続けているケースがほとんどであることが分かります。
これは、コーヒーノキの栽培条件がシビアで、国力やコーヒー豆の価値などの情勢が変わったからといって新しい地域で簡単に栽培できるというものではないというのが主な理由となっています。
この点は、醸造手法や科学技術の発展に伴って現在でも新しい産地が生まれ続けているブドウの樹との大きな違いであるといえます。
ただ、コーヒーの場合は地理的・技術的な問題のほかに、立場的に優位な先進国によって買い叩かれるためコーヒー豆の価格が上がらず、物価水準や平均賃金の低い途上国でなければ栽培しても採算が合わない、という問題も原因のひとつとなっています。
近年、このアンフェアな取引を見直し、生産者が良質なコーヒー栽培を続けていけるように支援する「フェアトレード」という活動が盛んになってきており、これが実を結んでコーヒーの価格や取引の形が変わっていけば、他の作物と同じように近代的な設備で栽培を行う新しい産地が生まれてくるかもしれません。

コーヒーの価格との比較

 コーヒー豆の価格は世界的な標準額が月ごとに発表されており、2017年6月時点ではアラビカ種が100gあたり日本円換算で約35.2円、比較的安価なロブスタ種が100gあたり約25.6円となっています。
コーヒー一杯を150ml、これを淹れるために必要な豆を12gとすると、ワインボトル一本分のコーヒー、750mlを得るのに必要な豆は60g分、アラビカ種で約21円ということになります。
コーヒーノキ一本から1シーズンに収穫できるコーヒー豆は1kg程度であることを考えると、これがいかに安価であるかがわかるでしょう。
もちろん、これは原料時点での金額なので、そのままワインの市場価格と比較することは出来ません。
日本の場合はコーヒー一杯を喫茶店などで飲む場合、400~500円ほどが相場といえるでしょう。
750mlであれば2000~2500円ほどです。
ただ、この価格のほとんどは小売店・喫茶店などの取り分であり、生産者がコーヒー豆を栽培することで得られる代金が低いことには違いありません。
コーヒーの栽培を行っている国は基本的に貧しい国がほとんどで、外部からの新しい設備や知識を得ることが難しく、買い手有利の環境を覆すのが難しくなっているのも、問題の解決を困難にしているようです。
幸い、近年ではコーヒーも国や地域ごとの味わいの違いを重視する傾向が強まってきており、オークションなどを通して高品質なコーヒーに十分な価格がつくようになってきています。
また、タイの「ブラック・アイボリー」やインドネシアの「コピ・ルアク」、パナマの「ゲイシャ」など、製法や品質の差によって認知された高価なコーヒーも少しずつ出てきています。
ワインと同じように産地や農園ごとの評判が価格に反映されるようになれば、大量生産品の価格下落によって希少なコーヒーまで買い叩かれるという現在の問題も解決されていくかもしれません。

コーヒーの成分との比較

 コーヒーとワインの成分の最大の違いは、やはりアルコールの有無でしょう。
アルコールを含まないコーヒー(抽出液)の99%近くは水分で、非揮発性成分はわずか1%ちょっとしかありません。
(ただし、これは抽出方法や抽出にかける時間によっても大きく変わり、ペーパーフィルターを通さないコーヒープレスなどではやや多めになることもあります)
そのうち主なものは、カリウムやナトリウムなどのミネラル、ビタミンB2やナイアシンなどのビタミン類、ごく微量の炭水化物やたんぱく質などです。
アルコールはもちろん、糖質や脂質もほとんど含まれていないため、カロリーは100mlあたり約4kcalしかありません。
また、コーヒーの特徴的な成分として忘れてはいけないのがカフェインです。
プリン環を持つアルカロイドの一種で、良く知られている覚醒・興奮作用のほかに、利尿作用も持っています。
錠剤やエナジードリンクなど高濃度カフェインによる死亡事故から過剰摂取の有害性が注目されていますが、コーヒーでその基準までカフェインを取ろうと思ったら25リットル近くを一気飲みしなければならないため、あまり心配する必要はありません。
(このあたりは、ワインの亜硫酸塩の問題と近いものがあります)
ただ、継続摂取で軽微な離脱症状を起こす中毒性がある、神経に作用する刺激物であることに違いはないため、飲みすぎには注意が必要です。
ワインと違ってアルコールが含まれていないにもかかわらず、妊婦や体調を崩している人は避けたほうが無難とされているのはそのためです。
ワインと共通する成分としては、ポリフェノールがあげられます。
ワインとは一部種類が異なりますが、コーヒーに含まれているポリフェノールも食品のなかでは量が多いほうで、コーヒー抽出液100ml中180~200mg程度とされています。
これは赤ワインよりは少ないのですが白ワインよりはかなり多く、アルコールの害を気にすることなく飲める分、ワインよりもコーヒーのほうがポリフェノールの摂取に適した飲み物であると言えそうです。

コーヒーの賞味期限との比較

 コーヒーの抽出液は非常に酸化しやすい液体で、ドリップコーヒーなら数十分、エスプレッソに至っては秒単位で味が変わっていってしまいます。
味や香りの劣化に目をつぶったとしても、アルコールや大量の糖分などの腐敗を防ぐ成分がないため、抽出後数時間以内には飲んでしまわねばなりません。
ワインも栓を抜いたらできるだけ早めに飲んだほうが良いお酒ですが、再栓して冷蔵庫で保管すれば数日は問題なく楽しめますし、基本的には腐敗の心配はほとんどありません。
この保存性は、アルコール飲料の強みといえるでしょう。
ちなみに、コーヒーの場合は原料の生豆の状態であれば2~3年程度なら保管しておくことが可能ですが、一度焙煎してしまうと抽出しなくても酸化が進むため、密封容器にいれても常温では1週間程度、冷凍庫に保存しても1ヶ月が限度といわれています。
密栓した状態なら何年、何十年と熟成を続けられるワインとは比べ物にならない足の速さなので、高級なコーヒーが開発されたとしても残念ながらワインのような資産性を持つのは難しそうです。

コーヒーとの比較 まとめ

 世界中で親しまれている点では同じワインとコーヒーですが、その歴史の長さや生産地、これまでの文化的・社会的な地位についてはむしろ対称的と言っていいほどの違いがあります。
特に生産者の地位や報酬の点では、かつての不平等な立場をもとにした商取引の慣習がそのまま残ってしまっているコーヒーは是正されるべき部分が多く、フェアトレードなど様々な取り組みがなされています。
アルコールを含まないコーヒーは、目覚めの一杯から日中の休憩時間、夜のリラックスタイムまで幅広くカバーできる、ワインの強力なライバルといえますが、その分賞味期限が非常に短く、資産性という点ではワインには遠く及ばないといえるでしょう。