ラングドック・ルシヨンのワイン造り

目次

大量生産から品質重視へ

 ラングドック・ルシヨン地方では、長い期間低品質な大量生産型のワイン造りを行ってきました。
これは、もともとブドウの栽培に非常に適した環境条件を持っていて人為的な技術を進歩させずともワインが造れたこと、古代ローマの時代から各地へ輸出する形のワイン産業が栄えていたこと、フィロキセラ災害などで「質より量」のニーズが高まった際にそれに合わせた形で方針を決めてしまったことなどが理由とされています。
特に、ブルゴーニュ地方やボルドー地方のワイン生産者がそれぞれ理由は異なるものの良質なブドウの栽培、ワインの醸造に関する技術を向上させる必要があったのに対して、東のプロヴァンス地方と同じように「放っておいても育つ」レベルの環境に恵まれていたため、労力やコストを払ってまで品質の向上を行う意味がなかったのは決定的でした。
時代が変わってワインの供給量が需要に追いつき、品質の競争が起こる頃には、他の主要地域のレベルにはまったくついていけなくなってしまっていたのです。
幸い、都市人口の増加やそれに伴う労働者の生活水準の向上、そしてフィロキセラ災害によるヨーロッパ全体でのワイン不足などにより、「高品質なワイン」以上に「安価でそこそこの品質のワイン」に対する需要もあったため、ラングドック・ルシヨン地方は品質競争ではなく大量生産へと舵を切りました。

 しかし、時代が変わって人々のワインに対する接し方も変化し、安い低品質ワインを大量に飲むよりも高品質なワインを少しだけ飲む人が増えたことから、20世紀後半から(ようやく)品質の向上に向けた動きが活発化してきます。
広域AOCが品質や特徴ごとに細分化したり、生産量の大半を占めていたA.O.V.D.Q.S.(Appellation d’Origine Vin Delimites de Qualite Superieure)が次々にAOCに昇格していきました。
現在ではAOCのワインが35%を超えており、なおその割合は増えて続けています。
そして、もともとワイン造りに適した条件を備えているラングドック・ルシヨン地方は、最新の設備や技術を使用することで他の地域に負けない高品質なワインを生み出せるポテンシャルを持っているといえます。
高い実力を持つにもかかわらず低い評価に甘んじてきた地域に、ようやく真価を発揮するチャンスがめぐってきたのです。

伝統を守ったワイン造り

 先鋭的なワイン造りとは真逆ですが、伝統的なワイン造りもまたラングドック・ルシヨン地方の特徴のひとつです。
特にラングドック地方の南部では、中心的な都市・ナルボンヌをはじめとしてフランスでも特に古い歴史を持つ土地が多く、他の地域では失われた古い製法を守っているものも少なくありません。
例えば西側の、ピレネー山脈のふもとに位置する地域「リムー(Limoux)」。
シャンパーニュ地方でシャンパンが造られ始める100年以上も前に、瓶内発酵によるスパークリングワインを生み出していたこの地域には、今でも当時と同じ方法で造られる微発泡ワインがあります。
「ブランケット・メトド・アンセストラル(Blanquette Methode Ancestrale)」というAOCを名乗るそのワインは、メトド・アンセストラル(先祖伝来方式)という名の通り、1531年に発見された手法を変えることなくそのまま使用しています。
つまり、ブドウ品種はモーザックのみを100%使用し、シャンパーニュ(トラディッショナル)方式のような糖の追加を行わず果汁が最初から持つ糖分だけで瓶内発酵をさせるのです。
瓶詰めは3月の偃月(えんげつ)期に行わなければ良い泡にならないと言われているとのこと。
他のスパークリングワインに比べて、ガス圧の低い柔らかな発泡が特徴です。
また、カリニャンとグルナッシュを使用してこの地方独特の厚みのある赤ワインを造る「フィトゥー(Fitou)」では、一部の地域では少量のシラーをアッサンブラージュすることで知られています。
この調合は原産地呼称統制制度が生まれる前にボルドー地方などで行われていたものですが、現在ではフランス国内ではほとんど見られません。
どちらも、有名生産者がしのぎを削る技術革新の時期に、競争に加わらなかったからこそ生き残ってきたものであるといえそうです。

旧世界の中の新世界を目指して

 フランスの主要地域でのワイン造りには、その名声や伝統ゆえに非常に厳しいルールが課せられています。
できあがりのワインの品質はもちろん、原料となるブドウの品質、品種、ワインの製法など、特に上位のAOCを名乗るものであるほど、生産者独自のアイディアの入る余地がなくなっていきます。
これは長い時間をかけて培われてきた品質と信頼を守るために必要なものであるとはいえ、生産者によっては窮屈に感じてしまうものでもあります。
そのため、若く野心的な人々の一部はヨーロッパを離れ、こうした縛りの少ない「新世界」へと移住することも。
そして近年、移住先の候補として海外ではなくラングドック・ルシヨン地方が選ばれることが多くなってきているのです。
もともと大量生産のワイン造りが長く続けられてきたこの地域では、厳しいルールで守らなければならない伝統があまり多くありません。
自然のままに育てていればどんな品種でもそれなりに育つため、使用品種にも製法にもあまり深いこだわりが生まれなかったのです。
これはブランドの価値的にはマイナスですが、ブドウの栽培に適した土地で思う存分自分のワイン造りを追及できるということでもあるため、ルールに縛られずにアイディアを試したい生産者にとっては非常に大きなメリットです。
さらに、地域は異なっても同じフランス国内であるため、外国でなじみのない異文化に悩まされることもありません。
結果として、20世紀末ころから若い生産者がフランス中、場合によっては近隣の国外からも集まってきています。
アメリカのカリフォルニアの例でも顕著ですが、こうした挑戦者が集まる地域では、試行錯誤やお互いが与え合う刺激などによって進化が起こり、ときに驚くほど高品質なワインが生み出されることがあります。
ラングドック・ルシヨン地方は、フランスというヨーロッパの中でも代表的なワイン生産国の中にありながら、まるで新世界のような可能性を持つ土地として、国内はもちろん国外からも大きな注目を集めているのです。

甘口ワイン「ヴァン・ド・ナチュレル(Vins doux Naturel)」

 ラングドック・ルシヨン地方のワインで忘れてはならないのが「ヴァン・ド・ナチュレル(Vins doux Naturel/VDN)」です。
VDNは発酵過程の途中でブランデーを加えて発酵を止めるフォーティファイドワインの一種で、蒸留酒を添加するタイミングによって甘口から中辛口になります。
ラングドック地方では主に白のVDN、ルシヨン地方では赤のVDNがメインとなっており、ほぼ全域に散らばる形で多数のAOCが認定されています。
VDN自体はフランスの他の主要なワイン産地でも造られていますが、生産量ではラングドック・ルシヨン地方が圧倒的で、フランス全体の9割以上を造っています。
しかし、VDNそのものが近年の甘口ワイン離れによって売れなくなってきており、同地方でも後継者が見つからず消滅の危機に瀕する地域が目立つようになってきているようです。