手摘み、機械式、早摘み、遅摘み・・・目的によってこんなに違う ワイン用ブドウの収穫

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ブドウの収穫時期 自然の気まぐれに翻弄される秋

 ブドウは他の一般的な果樹と同じように、秋に収穫時期を迎えます。
ただ、ひと言で「秋」といっても、地域や品種、栽培目的によって具体的な時期は大きく変わってきます。

 スティルワインやスパークリングワインにするためのブドウは、「糖度がしっかり上がっていること」「酸味が程よく残っていること」「果汁がしっかり濃縮していること」などが良いブドウの条件になります。
ブドウは未熟だと過剰に酸っぱく、嫌な渋みもありますが、必要以上に熟すると酸味が消えてしまいます。
また、収穫直前にまとまって雨が降ってしまうと、せっかく絶妙に抜けていた果汁の水分がほんの数日で戻ってしまい、ひどければ薄まった状態になってしまいかねません。
そのため、熟成がちょうどよく、しかも秋の長雨がまだ降らないタイミングを狙って収穫しなければいけないのです。
収穫開始日はフランスなどでは公的に決められますが、地域によって、どころか畑やブドウの樹一本一本、ブドウ一粒ずつでちょうど良いタイミングが変わってくるため、高級なワインの原料になるブドウほど、厳密でシビアな判断が必要になってきます。
8月の終わりには収穫が始まる国もあれば、霜や雹の被害を警戒しつつ10月頃まで枝に残しておく地域もあります。
日あたりの良い畑では9月のはじめ、若干陰になっている畑では9月の終わり、と時期をずらす生産者もいますし、異常な暑さでブドウの熟成が進んでしまって例年よりひと月以上も前倒しで収穫が始まるなんてことも。
一年中天候に翻弄されるブドウ栽培の中でも、もっとも気が休まらない時期と言えるでしょう。

 例外的に収穫が遅いブドウもあります。
貴腐ワインやアイスワイン、それに一部のフォーティファイドワインなど、極甘ワインの原料となるブドウたちです。
通常よりももっと濃縮された果汁が必要になるワインの原料として使用するため、カビ菌や寒さ、あるいは単純に時間の経過が水分を飛ばして干しブドウ状にしてくれるまで待たねばなりません。
樹上に留まる期間が長くなればなるほどリスクが増していきますので、運が悪いと待つだけ待って結果としてほとんど収穫できない可能性もあります。

機械摘み 専用機械で短期決戦、全回収のパワー型

 ブドウを収穫する専用の機械を使用して摘む方法です。
メジャーなものとしては、垣根仕立てにしたブドウの樹を跨ぐような形状のトラクターを使用し、ブドウの樹を揺すって実を落としていくやり方があります。
ある程度以上熟していれば、果実はひと粒ずつ外れて落下します。
落ちた果実は下部のかごやコンベアで集められる仕組みです。
人の手で作業するのに比べて、とにかく速く済むというのが最大のメリットになります。
大きな畑で時間をかけて収穫していると、熟成が必要以上に進んでしまったり天候が崩れて品質に影響がでたりといった問題が起きやすいので、ベストなタイミングで一気に収穫できるというのは、ブドウ作りにおいては非常に大きな利点になるのです。
また、人手もトラクター一台に付き運転手と確認役の2~3人だけでよいので、人件費の節約にもなります。
経費が抑えられれば、品質に対して比較的リーズナブルな価格のワインを造ることができます。

 逆にデメリットとしては、収穫時に果実の状態をチェックできない点があげられます。
同じ畑、同じ樹でもひとつひとつの実の熟成のタイミングは違いますし、実割れやカビなど劣化した実も含まれているかもしれません。
こうした良くない状態の実が混じると、ワインの香りや味にダメージを与える要因になります。
また、樹を直接揺するという手法は、ブドウの樹の寿命を縮める可能性があります。
特に根や幹の活力が落ちてきている古木にとっては、その後の生育や果実の品質に影響を与えたり、場合によっては枯死してしまうほどのダメージとなる恐れも。
ブドウの古木は若木に比べて収穫量こそ落ちますが、歳をとるごとに複雑な香味を持つ優れた果実をつけるようになるとされており、生産者にとっては貴重な存在と言えます。
そのため、古い樹が多い畑では機械摘みをあえて導入しないというケースも多いようです。

 その他、そもそも急な斜面になっている畑では運用できない、ワイン法で定められた畑では機械摘みそのものが禁止されている、などの事情もあり、いまのところ導入されているのはもっぱら大量生産用の畑が多いといえます。

手摘み 繊細で細やかな判断が可能な伝統手法

 昔ながらの伝統的な手法で、ひと房ずつ人の手で集める方式です。
熟練した作業者がブドウをチェックしつつ収穫、樹の根元に置いた小さなかごに果実を入れておき、別の人がそれを回収して回る、という流れが一般的です。
熟成の程度や病気、割れなどによる劣化がないかなどを、ひとつひとつチェックしていけるため、求められる品質以上のものだけを選り分けて収穫することができます。
房の一部が未熟だったり劣化していた場合は、その部分だけを排除することもできるため、ロス率を下げつつワインの香味に悪い影響が出る実の混入を避けられます。
一度で収穫作業を終わらせずに、何度も繰り返し畑に入る方法なら、天候が崩れない限り「もっとも熟成のタイミングが良い果実」だけを集めることもできるため、効果で良質なブドウをたくさん収穫することも可能です。
また、ブドウの樹の扱いに長けた人間がていねいに扱うため、ブドウの樹へのダメージが最小限で済むのも大きいでしょう。
機械で揺さぶられたりせず大切にされた樹は何十年も良質なブドウを実らせ、畑の価値をさらに高めてくれます。
人が作業するスペースさえあれば、株仕立ての樹や急斜面に植えられた樹でも(急斜面を上ったり降りたりしながらの収穫はかなりの重労働ではあるようですが、とりあえず作業可能という意味では)何の問題もなく収穫作業を行えるので、環境によっては手摘み以外の選択肢がない畑もあります。

 デメリットとしては、なんといっても莫大な労働力が必要なことでしょう。
ブドウの収穫に適したタイミングは非常に短く、年によっては数日しかないこともあります。
ブドウ自体の熟成度もさることながら、秋に入るとまとまった雨が降り出す地域が多いからです。
普段は家族だけで手分けして作業を行っている生産者でも、このときばかりは外部から臨時の労働者を多数雇わねばなりません。
しかも、ブドウの品質を見分けたり果実を傷つけずに扱わねばならないことを考えると、できれば経験者を雇いたいところですが、同じ地域の畑が一斉に収穫シーズンに入ることを考えると、条件を良くしなければ経験者どころかそもそも人が集まらない可能性もあります。
結果として、機械摘みに比べてコストがかなり高くなってしまうのです。
高級ワイン用のブドウは一本の樹に実らせる数はもちろん、面積あたりの収穫量も抑えていますので、人件費がかさめばブドウやそこから生産されるワインの価格にも大きな影響が出てしまいます。

 ワイン用ブドウの生産地が全世界で拡大し、気候の変化によって地域ごとの適性も変わってきている近年、たとえ伝統的に高い評価を得てきた畑やワイナリーでも高価すぎるワインは買い手がつかなくなりつつあります。
品質とコストを天秤にかけた生産者の苦悩は、今後も強くなっていく可能性が高いと言えるでしょう。
しかしそれでも、「手摘み以外ありえない」と昔ながらのやり方を守り続ける生産者も少なくはありません。
ブドウ一粒ずつを厳選することで得られる驚くような品質は、こうした生産者の工夫と努力によって生み出されているのです。