ワインの香りの表現の仕方 ワインの表現その2
ワインをテイスティングした際に、恐らく一番表現が難しいのが「香り」です。
食事をする際に味覚に集中することはあっても、味わいを構成する要素の一つであるはずの香りはあまり意識にのぼらないからです。
そもそも香りの要素を細分化して感じ取るのに訓練が必要ですし、なんとなく違いがわかるようになってきても、今度はそれをどう言えばいいのか戸惑ってしまいがちです。
ここでは、うまく香りを感じ取れない、表現できない場合の練習法や、表現の種類についてご説明します。
ワインに含まれる香りの種類
ブドウ果汁、そしてワインには数百種類もの香り成分が含まれているといわれています。
果汁の状態ではほとんど感じ取れなかったものも、発酵や熟成の工程を経ることで姿を現すことがありますし、熟成期間や方法によってもともとの香りとは違った香りに変化することもあります。
ある特定の香り同士が干渉しあって別の香りを感じさせることさえあるため、ワインの香りはまさに千差万別と言えるかもしれません。
しかし、それらは無秩序に存在しているわけではなく、いくつかの系統や種類に分類することができます。
「アロマ」と「ブーケ」
ワインの香りのもっとも大きな分類は、「アロマ」と「ブーケ(ブケ)」です。
「アロマ」とは、ブドウ果汁に由来する、つまり原料のときからもともと備わっていた香りを指します。
果物やベリー類、花の香りなどに例えられるものが多く、ブドウの品種や産地、収穫までの成長の過程、収穫時点の熟成度合いなどに左右されます。
対して「ブーケ」とは、発酵や熟成の過程で生まれる香りを指します。
ナッツやスパイス、木や草の香り、さらには無機物などにさえ例えられる多種多様な香りです。
当然、アルコール発酵やマロラクティック発酵の温度、期間、熟成方法などによって大きく変化します。
柑橘系の香り
主に白ワインの酸味に関する香りとして登場します。
刺激の強さや香りの分類で色々と使い分けられますが、主なものは次のとおりです。
- レモン
- ライム
- グレープフルーツ
- オレンジ
- マンダリン
実際に酸味が強いフルーツほど、白ワインに含まれる酸のうちでもリンゴ酸など爽やかで刺激の強いものが多く含まれるワインに香りとしてあらわれます。
そのため、どちらかというと緯度や高度の高い、冷涼な産地のワインで顕著です。
刺激の強さ、青っぽい香りか甘い香りか、熟成を感じさせるかなどで使い分けられます。
南国系フルーツの香り
こちらは、主に白ワインの甘みに関連して表現されます。
中にはあまり馴染みのないフルーツの名前が上がることがありますが、日本でも知られている分かりやすいものは次のとおりです。
- パッションフルーツ
- ざくろ
- ライチ
- パイナップル
- マンゴー
- バナナ
酸味の強度や甘みの種類によって、感じ取れるフルーツが変わってきます。
ワインになったときに糖分が残っていなくても、ブドウ自体がしっかりと熟した状態になっていると、甘い果物を感じさせる香りがあらわれるようです。
こちらは柑橘系と逆に、温暖で日差しの強い地方で造られたワインに良く見られます。
バナナの香りについては、ガメ(ガメイ)を100%使用して炭酸ガス浸漬法(マセラシオン・カルボニック法)で造られる、ボジョレー・ヌーボーに特有の香りとされており、時にあまり良くない香りという意味で使われることも。
他のフルーツの香り
ブドウに含まれる香り成分は非常に多いため、実に多種多様な果物の香りを連想させてくれます。
よくあらわれるものとしては、以下のものがあります。
- さくらんぼ
- リンゴ
- イチジク
- カシス
- プラム
- 洋ナシ
- マンゴー
- 白桃
- メロン
酸味と甘みのバランスや熟した香り、甘さの種類などで感じ取れるフルーツが変わってくるようです。
もちろん、これらのフルーツから造られたワインでもない限り(あるいはもしもそうであったとしても)味や香りがそのフルーツそのものというわけではなく、あくまで一般的なワインの香りの中にニュアンスとして存在する程度です。
でも、そうしたワインの香りの違いを他のフルーツに例えて抜き出すことができるようになれば、微妙で繊細な香りをより的確に捉えられるようになるでしょう。
また、フルーツのニュアンスはワインのアロマのなかでも、特に元となるブドウの品種や栽培地の特徴に強く結びついた香りですので、これをしっかり捉えられるようになれば、ワインの正体にもより正確にせまることができるはずです。
ベリー系の香り
柑橘系とは異なる甘酸っぱさを表現するのには、しばしばベリー系の香りが引き合いに出されます。
- イチゴ
- フランボワーズ
- ブルーベリー
- ブラックベリー
口がキュッとするような、酸味と苦味を感じさせる香りがベリー類を連想させるようです。
また、これらは主に赤ワインの香りの表現としてよく登場します。
タンニンや渋みの収斂作用が、ベリー類の種をかんだときの感覚に近いから、という理由もありますが、色のイメージも無関係ではないように思えます。
果実味の濃厚な凝縮感のある香りにも使用される表現です。
花の香り
蜜の甘さを感じさせる香りや華やかで上品な香りをあらわすのには、花の香りが用いられます。
- ジャスミン
- バラ
- カモミール
- アカシア
- スミレ
- すいかずら
名前は知っていても、普段から園芸などで色々な花に触れていないと、香りのイメージがわかないかもしれません。
汎用性が高いものもありますが、どちらかというとフルーツの香りに比べて特定の品種から造られたワインの特徴としてあらわれることが多いようです。
すいかずら、アカシアなどは、プロのテイスティングコメントにも良く出てくる表現です。
「バラの香りのワイン」なんて、ちょっときざではありますがロマンチックな表現ですね。
草木の香り
植物的な青さや年月を感じさせる枯れたニュアンスは、木や草、木材の香りで表現されます。
- 松脂
- シダ
- 杉
- ユーカリ
- ういきょう
- 干草
- 菩提樹
- 芝生
- 木の板
- 白檀
- オーク
青っぽいイメージの香りは、やや未熟なブドウ果汁から受け継がれることもありますが、どちらかというと熟成による凝縮や樽から移る香りなど、「ブーケ」に属する香りが多いようです。
特に松脂やオークの香りは、新樽を使用したり長期間に渡って樽で熟成したワインによく見られます。
ブーケが複雑で厚い層を持つほど高級なワインの風格を持つため、新樽を複数回使ってより強く香りを移す製法をとるものもあります。
スパイス・ハーブの香り
ちょっとクセのあるワインには、スパイスやハーブのような香りを感じる場合もあります。
- コショウ
- シナモン
- バニラ
- 甘草
- クローブ
- アニス
- ローリエ
- ナツメグ
- タイム
- ローズマリー
こうして並べてみると、一緒に食べた食事に入っていたスパイスなんじゃないか、と思うほどワインのイメージとは結びつかないスパイスやハーブの名前がたくさんあります。
しかし、長い熟成を経たワインを飲み込んだあと、ゆっくりと息をはきだしていると、確かに肉料理の返り香のようなスパイシーな香りを感じることがあります。
これらの調味料はもともと香りを楽しむために料理に入れるものが多いため、一度嗅ぎ分けられるようになると、次からは意外とあっさり認識できるようになるケースも少なくありません。
スパイスを使用した料理には、同じニュアンスを持つワインを合わせる、なんて楽しみ方もいいかもしれません。
他の食べ物・飲み物の香り
この辺まではまだわりとワインの香りの表現として納得できたのではないでしょうか。
しかし、ワインの香りは詳細に分析していくと、思いもよらない食品のような表所を見せることもあるのです。
- 干しイチジク
- ヘーゼルナッツ
- ジャム
- バター
- ビスケット
- パン
- ヨーグルト
- 蜂蜜
ドライフルーツやナッツは、よく熟成させることで濃度を増した甘みから感じ取ることができる場合が多いようです。
白ワインに混じるバターやビスケット、パンのニュアンスも熟成香の一種ですが、樽から移った香りの場合もあります。
マロラクティック発酵は乳酸菌によって有機酸が分解される反応ですので、しっかりと発酵させた白ワインからヨーグルトの香りを感じるのは、ある意味当然といえるかもしれません。
スモーキーな香り
ウイスキーや燻製に感じるような「焦がしたような香り」を、ワインの中に見つけることもあります。
- スモーク(燻製香)
- コーヒー
- チョコレート
- タール
- トースト
ワインをたるで熟成させる場合、使用する木材の選定や樽の処理は重要です。
より樹脂の多い木材を使用し、内部をしっかりバーナーなどで焼いておくことで、スモーキーな香りがワインにアクセントを加えてくれます。
もちろん、やりすぎるとせっかくのアロマや熟成によって生まれたブーケを台無しにしてしまう可能性もあるので、うまくバランスを取るのも醸造家の腕の見せ所といえるでしょう。
より濃厚なスモーク香がつくことが多いのはやはり赤ワインですが、白ワインの中にもバターやトーストの香りをふんだんに漂わせるものもあります。
ミネラルの香り
理想的な産地で丁寧に作られたブドウ果汁からは、ミネラル系のニュアンスを持つワインが生まれます。
- 火打石
- ヨード(海草)
- チョーク
- 火薬
ブドウは水はけのよい栄養の多くない土地を好む植物です。
水はけが良いほど根は深くまで潜っていき、表土の下に幾層もの地層がある土地では、通過した全ての土の特性を反映したブドウが実ります。
一般的にミネラルを感じられるワインは少ないとされていますが、それはそこまでワインに最適な土地が多くはないからです。
逆に言えば、ミネラルを感じるワインは良質なものである可能性が非常に高いといえます。
しかし、火打石や火薬はともかく、ヨードやチョークのニュアンスがどんなものなのかは、一般の人にはちょっとわからないかもしれませんね。
その他の香り
ワインの香り成分は非常に複雑で多岐に渡るため、それって本当にワインの香り?と言いたくなるようなニュアンスを感じ取ることもあります。
- ミルク
- マジパン
- マシュマロ
- 腐葉土
- 苔
- きのこ類
- 生肉
- なめし皮
- ジャコウネコの背中
- 鶏の脇
確かに、ワインに限らずよく熟成させたアルコールからは思いもよらない香りがすることがあります。
お菓子のような香りや燻した香り、ちょっと湿った森の中のような腐葉土ときのこの香り。
なめし皮にはタンニンが使用されることもあるため、これも理解できないということはありません。
でも、生肉の香りがするワインって、いったいどうしてそんなことになるのでしょうか。
(熟成の際に酸素の少ない、還元気味の状況に置かれることで、赤身の生肉のような香りがあらわれることがあるそうです)
ジャコウネコや鶏の匂いについては、知っていたことのほうがすごいような気もします。
不快な香り
ここまでは(おおよそ)よい香りについてみてきましたが、残念ながらワインの香りの中には不快なタイプのものもあります。
- 硫黄
- 雑巾
- カビ
- カリフラワー
- 玉ねぎ
- 古くなったリンゴ
- 酢
- 猫のおしっこ
ワインに悪臭が発生する理由は、ブドウが未熟だったり不衛生な環境でコルクが劣化してしまったり、瓶の中で望ましくない酵母や雑菌が繁殖していたりと様々です。
飲めないほどでなくとも、無理をするとお腹を壊すようなものもあるので注意が必要です。
もちろん、健康に害はなくとも、猫のおしっこのようなにおいのするワインを頑張って飲もうという方も多くはないでしょう。
ただ、還元臭のように開栓後の処理で何とかなるケースもありますので、においから原因を探れる程度に嗅ぎ分けられるようになると、ワインを無駄にするのをいくらか避けられるかもしれません。
香りを感じ取るためのレッスン
これまで見てきたように、ワインには本当に多様な香りがあります。
でも、残念ながら最初からこれらを嗅ぎ分けられるような能力を持っている人は少数派です。
「違いがあるのは分かるけど、結局全部ワインの香り」から、「ワインごとに香りの特徴を捉える」へ、そして最終的には「含まれる香りを細分化し、分かりやすく表現する」ことができるようにするにはどうしたらよいでしょうか。
嗅覚を鍛えるトレーニング方法をいくつか挙げてみましょう。
色々なワインを飲む
トレーニングを行う理由がワインの香りの分析なのであれば、まずは色々なワインを飲んでみて経験値を積むところから始めるのが良いでしょう。
できれば同じ色の違う品種のブドウを使用したワイン、もしくは産地の違うワインを3~4本用意して、少しずつ飲み比べてみると分かりやすいかもしれません。
最初は、違いがあることは分かってもどう違うのかさえうまく理解できないかもしれませんが、気にする必要はありません。
嗅覚に神経を集中し、どんな香りがするのかをしっかり感じ取ろうと意識するだけで十分です。
意識して飲んでいるうちに、なんとなく感じていた香りの中から、好きな香りが決まってきます。
さらに続けると、「好きな香り」から「好きな系統の香り」へと変化していき、同じ系統でも違うタイプのものが存在していることに気付くはずです。
嗅覚に限らず、感覚は意図的に使っているうちに少しずつ発達していきます。
子供の頃は味が強くて分かりやすいものを好むのに、大人になると繊細で複雑な味が分かるようになって好みが変化するのと同じように、意図的に香りを確かめているうちに細かな部分まで認識できるようになるのです。
赤ワインと白ワイン、早飲み系ワインと長期熟成ワインには、それぞれ異なる系統の香りが含まれていますので、ぜひ色々なジャンルにチャレンジして嗅覚を鍛えていってみてください。
香りを細分化して表現するクセをつける
ある程度香りを嗅ぎ分けられるようになってきたら、今度はそれを言葉にして表現してみましょう。
脳内でなんとなく認識しているイメージを具体的な例をあげて表すことで、イメージがさらに強固ではっきりとしたものになります。
例えば、「さっぱりした酸味に甘い感じも混ざった好きな香り」を感じていたとして、これを「リンゴの香り」と表現することで、次に嗅いだときはよりはっきりと「リンゴ」を感じ取れるようになるのです。
また、イメージを具体化していくことで、別の日に飲んだワインに似た香りを見つけた際、それが以前嗅いだものと同じか、似ているけど別の香りかを判断しやすくもなります。
当然、自分の好きなワインがどんな香りを持っているか、今飲んだワインはどんな香りかなどを、他の人に伝えるのにも役立ちます。
同時に嗅覚が発達してくると、例えば今まで同じ「リンゴの香り」だと思っていた2種類のワインについて、「リンゴの部分は同じだけどそれぞれ違う香りも混ざっている」という違和感を感じるようになってきます。
そうしたら、その違う香りの部分も合わせて、例えば「リンゴとスミレの香り」「リンゴとバターの香り」という風に細分化していきます。
あとはこの繰り返し。
ディティールを表現していくことで、ワインの持つ個性をより正確に表せるようになってくるのです。
「最初に」「ゆっくりと」「飲み込んだあと」など、香りを感じるタイミングまで添えられれば、香りの描写はばっちりと言えるでしょう。
いろいろな匂いを嗅いでみる
香りを細かく嗅ぎ取ることができるようになっても、それが「嗅いだことのない香り」だと表現することはできません。
「夏の暑い日に池で泳いでいるような」「荒野にたたずむ戦士のような」といった抽象的な表現にチャレンジしてみるのも悪くはありませんが、人に具体的に伝えることが難しくなりますし、なにより自分にとっての再現性があるかも疑問です。
これを解決するには、やはり普段から色々なものの香りを嗅いでみるという習慣を身に付けるのが一番です。
特に使用頻度の高いフルーツや花の香り、印象に残りやすいスパイスの香りなどは、積極的に嗅いでみましょう。
もちろん、ワインの香りを嗅ぐときと同じように、それが何の香りであるのかを意識しながら嗅ぐのが重要なポイントです。
嗅覚のトレーニングが進んでいる状態であれば、同じように匂いを嗅いでもより多くの情報を取り入れることができるようになっているはず。
匂いがあまりしないものは、熱を加えたり(安全なものであれば)口に含んで舐めたりかじったりしてみてもいいかもしれません。
好奇心をもって続けていれば、一月もしないうちに使用できる表現は何倍にも増えているでしょう。
資格取得のために短期間で表現を増やしたい場合や、普段の生活で色々嗅いで回るのが恥ずかしい、という場合は、ワインによくある香りを集めたサンプルキットを活用するのもひとつの手です。
ただし、これだと実物のイメージが紐づかない分記憶しにくいというリスクもあるので、あくまでサポート程度にとどめておいたほうがいいかもしれません。