一年中やることがいっぱい! ワイン用ブドウの育成その2
伝統的なワイン造りの世界では、「天候や土地など、ワインはブドウの育ったテロワールを反映しているべきで、できる限り手を加えるべきではない」という思想があります。
しかし、良質なブドウを収穫するには、ただありのままに放っておくというわけにも行きません。
また、もともとブドウ栽培に向いていなかった地域では、不利を克服するために様々な技術や工夫を駆使して品質を維持しているケースも。
ここでは一般的なワイン畑での、ブドウの様子と作業についてみてみましょう。
春 ブドウの涙の滴る芽吹きの季節
プルール 活動再開を告げる樹液の滴り
ブドウ畑の春は、ブドウの樹の目覚めから始まります。
厳しい寒さの中で活動を停止していたブドウは、気温が上昇してくる3~5月(南半球では9~11月)に活動を再開。
まずは地面から水を吸い上げ始めます。
根や枝の中に残っていた古い樹液が下から上がってくる新しい樹液に更新されるため、冬のうちに剪定(せんてい)されていた枝の切り口から、「ブドウの樹の涙」(プルール/Les pleurs de la vigne)と呼ばれる樹液のしずくがぽたぽたと滴り落ちるのが活動を始めた合図です。
滴は一週間ほどで止まり、少しの期間をおいて新しい樹液が運んできた養分で枝や葉が芽吹きます(萌芽(ほうが))(デブレーマン/debourrement)。
寒い冬を抜けたことを実感できる光景ですが、ただ見とれているわけにはいきません。
この時期に急な冷え込みが起こって新しい芽が霜に当たると、変質や成長阻害、枯死などの恐れがあるためです。
冬の寒さの厳しい地域では、夜になると畑で専用のヒーターを焚いたり、夕方にあえて水を撒いて凍らせることで氷点下を大きく下回る外気から守ったりといった作業に追われます。
アコラージュと減薬農法 勢いを増す自然との付き合い方
この気の休まらない時期を無事に切り抜けた枝や葉は、気温が上がるにつれてどんどんと成長を始めます。
冬の間に整枝してあるため、伸び放題に伸びて手がつけられなくなる、なんてことはありませんが、それでも予想外にたくさんの芽が膨らんだり、思いがけない方向へ枝が伸びていってしまうこともあるので油断できません。
この時期はすくすくと育つ新芽の成長を頼もしく見守りながらも、想定から外れる芽や枝を省いていく「芽かき」や「除梢(じょしょう)」という作業を断続的に続けます。(アコラージュ/accolage)
元の想定と外れた部分を確認することは、来年以降の整枝のための大切な経験にもなります。
また、春になって元気になるのはブドウだけではありません。
根本から生えてくる雑草類、孵化して活動を始める害虫類などもブドウ畑に集まってきますので、彼らには問題になる前に退場してもらう必要があります。
現代では、一時期行われていたような農薬や除草剤を大量散布するような農法を採用している生産者はほとんどおらず、ブドウへの影響がないように注意しつつ少量の薬品を使用する「減薬農法」が主流となっています。
ブドウの育成を阻害したり病気を媒介するような害虫を選択的に排除する、効果のあまり強すぎない農薬を選んだり、多少の雑草は許容する(栄養面や日当たり、風通しの面で問題があるものだけ取り除く)という具合に、理想の状態と自然のバランスを見ながら手を入れていくのです。
夏 病虫害防除と摘房を行う成長の季節
開花と病害虫防除 最盛期前の水際の戦い
生産者が雑草や害虫と格闘している頃、ブドウの樹は新しい枝に小さな蕾の集合体をつけます。
すでにブドウの果実の形をしている複雑な形の果梗(かこう)の先には、近寄って見なければわからないくらい小さな花が無数についています。
この花ひとつがブドウの実の一粒になるのです。
この頃には芽かきや除梢も終わり、必要な枝がワイヤーや網などに誘引されて樹形が完成しているはず。
蕾がつくのと前後して、十分に伸びた枝の先端を切り落とす摘心(てきしん)が行われ、いよいよ果実の成長に全てを注ぎ込む準備が整います。
果実の房の数が数えられるこの段階で、生産者はようやくその年の収穫量を予想することが出来るようになります。
もっとも、このあと収穫までの経過が順調であれば、の収穫量ですが・・・。
初夏の頃は湿気も多く、降雨量によってはさっそく病害が発生しかねません。
特にうどん粉病やべと病などのカビ系の病気は、湿度と気温の条件が重なってしまうとあっという間に広がっていきます。
予防のための農薬散布のほか、風通しを良くしたりカビに効果があるという硫黄の粉末をふりかけたり、サーキュレーターを使用して湿気がたまらないようにしたりと、あの手この手で被害を防ぎます。
除粒、摘房、除葉・・・ 良質な果実のための取捨選択
ブドウは自家受粉のできる植物なので、昆虫や人間の力を借りずとも風に揺すられるだけで、数週間後には小さく固い実をつけることができます。(ヌエゾン/nouaison)
最初は手の平にすっぽり収まるような極小サイズですが、根が吸い上げる水分と光合成で作られる養分を吸収し、あっという間にどんどんと成長していきます。
もしここまで病気や害虫、成長不良などの問題が何もなく、最初についた蕾が全て順調に成長してきていたら、さらにその中から品質の良いものを選りすぐっていく作業、「除粒(じょりゅう)」と「摘房(てきぼう)」を行います。
除粒は、房の中についた実粒を間引いて数を減らすことで、膨らんだ粒同士がお互いをつぶしてしまったり発育不良の粒ができてしまったりすることを防止する目的で施します。
ただしワイン用の品種の場合、そこまで実粒が大きくならなかったり食用ほど粒同士が密になっていないものもあり、この作業が不要な場合もあります。
摘房(グリーンハーベスト/green harvest、ヴァンダンジュ・ヴェールト/vendange verte)は一本の樹についている房の数を適正な数まで減らす作業で、成長の経過が思わしくないものから順に房ごと取り除きます。
ほとんどの場合、病害やアクシデントによる収穫量の過度な減少を避けるため、この時点まではどの樹にも余裕を持って多めの房を残してあります。
これをそのまま残してしまうと、樹の作り出す糖分やその他の成分が分散してしまうため、本来予定していた収穫量になるように房を間引くのです。
特にワイン用ブドウの場合は、果実の数を増やすよりもひとつひとつの品質や濃さを重視するため、この作業は非常に重要だといえます。
気温が上がり日照時間がいよいよ長くなってくる頃、果実付近の葉を落とす「除葉(じょよう)」が行われます。
果実に適度に陽が当たることで、色が良くなり果汁の濃縮も進むようになるのです。
ただし、夏の気温が非常に高くなる地域では、逆に日焼けや乾燥、高温からブドウを守るために、実の周囲の葉を残すところもあります。
また、通常は除葉を行う地域でも、異常気象などで気温があがりすぎる年には、この作業を控えるケースもあるようです。
垣根仕立ての畑では専用の機械を使用しての作業も可能ですが、株仕立てにしてある畑や高級なブドウを作る生産者は、手作業でひとつひとつの房を確かめながら進めていかねばなりません。
根気の要る作業ですが、これが終われば収穫前の難しい作業はひと段落。
あとは自然がおいしいブドウを完成させてくれるのを待つばかりです。
多くの生産者は、実りの秋に向けて英気を養うためにバカンスにでかけます。
降雨量の少ないブドウ栽培地域では、乾燥した空気と地面、そして厳しい環境の中からかき集めた水分と糖分を湛えたブドウが、ひと時の静かな時間を過ごします。
秋 ほんのわずかなずれが命取りになる緊張の収穫期
完熟を取るか安全をとるか 収穫日を見極める
フランスをはじめとするいくつかの地域では、その年の気温や天候を考慮して収穫開始のタイミングが公的に決定されることになっています。
例年より気温が高かったり降水量が多くなって、樹に長く留まらせるとリスクとなることが予想されるなら、晩夏くらいのまだ暑い時期に収穫を行い、快晴が続いて穏やかな気候が予想されるなら、完熟を迎える秋まで待つことになります。
その他の地域では、生産者たちが自分自身で収穫時期を判断をせねばならないため、頻繁に畑を見回り、天気予報や空模様とにらめっこを続けます。
大きな畑ではほんの数日の違いが、品質や収穫量を激変させてしまう可能性もあるため、この見極めには経験や知識が総動員されます。
機械摘みと手摘み メリット・デメリット
ブドウの収穫(ヴァンダンジュ/vendange)は、機械摘みか手摘みで行われます。
機械摘みの場合は動員する人数や労力が少なくて済むため価格も抑えることができ、大きめの畑でも開始から終了までかかる時間が短いので天候変動によるリスクが低めです。
ただ、全ての果実を一律に収穫してしまうため、まだ熟していなかったり腐敗や実割れで品質の低下しているブドウも混ざってしまい、できあがりのワインの味に影響がでてしまうことも。
手摘みの場合は人間がひとつずつ見て確かめていくため、高級なものでは房ごとどころか一粒単位で問題のある果実を取り除くことができ、しっかり熟したものだけを選び取って収穫していくことで、もっとも理想的な品質の原料とすることが可能になります。
ただもちろん、これは多くの人数で時間をかけて行わねばならない作業なので、莫大なコストがかかることになります。
機械摘みよりも長期間をかけて行われるため、途中で天候が崩れたりするとそのあと収穫になるブドウには影響が出てしまいますし、過熟の危険性もでてきてしまいます。
生産者は地域的・気候的なリスクや、最終的にワインに仕上げたあとの価格などを考慮しつつ、目的にあった方式を選択せねばなりません。
収穫が終わったら、果実は(一部の例外的な製法を除いて)すぐにワイン造りに回されます。
畑に残った樹は、一年の仕事を終えてほっと一息。
ただし遅摘みのブドウや貴腐ブドウ、アイスワイン用のブドウを生産している畑は、このあとさらに晩秋から冬にかけてブドウが理想の状態になるまで待たねばなりません。
荒天などでロスが出たり、カビ菌が思うように働いてくれなかったり、気温が下がりきらなくていつまでも収穫できなかったり・・・。
自然が相手のブドウ栽培は、毎年心の休まる間がないようです。
冬 次の実りの土台を作る大切で地道な作業
予備剪定 翌年の病害を防ぐための剪定
収穫からしばらく経って、しっかりと気温が下がった頃。
ブドウの樹の休眠を待って来年度のための剪定(せんてい)作業(タイユ/taille)が始まります。
初冬のころに、まずはその年に実をつけた枝を刈り落とす予備剪定が行われます。
新梢、特につる植物特有の巻きひげは病害の元となるウイルスに感染しやすいため、基本的には切り落とした枝はそのまま焼却処分することになっています。
移動式のストーブのような焼却炉を畑に何台も出し、剪定した枝をどんどん放り込んでいくのです。
気温が下がるのが早い地域では、収穫後すぐに予備剪定を行う場合もあります。
余計な枝や残っていた葉を落としたあとは、根本に土を寄せて寒い冬に備えます。(ビュタージュ/buttage)
冬季剪定 次の実りをはぐくむ樹形の決定
樹液の活動が完全に停止した真冬。
北半球では1月頃に、春に向けて樹の形を決めるための本格的な剪定が行われます。
残っている枝のうち、残すものと切り落とすものを選び、残すものはどの方向へ伸ばすか、芽の数は幾つ残すかなどをひとつひとつ考えながら形を決めていくのです。
直感で行うわけにはいきませんが、正しい答えが決まっているわけでもないので、悩み始めてしまうと泥沼にはまってしまうことも。
知識だけでなく経験がものを言う作業と言えるでしょう。
仕立てを変えたり代替わりする樹があったり、前年の作業で弱ってしまったので今年は枝や実の量を減らす樹もあれば、慣らしの時期が終わって今年から本格的に収穫量を増やす若木もあるかもしれません。
畑の全ての樹の形が決まる頃には、厳しい冬も終わりの気配。
樹の根元へ寄せていた土を元に戻し(デビュタージュ/debuttage)、雑草を抜いたり冬の間に固くなった土を耕して酸素を含ませたりします。
十分に寒くなったあとゆっくりと気温が上がれば、剪定した枝の先からこぼれるブドウの涙と共に、またあわただしい一年が始まるのです。