ワイン対日本酒 他の飲み物との比較その3
日本酒とは
日本酒は、米の持つでんぷん質を麹菌によって糖化し、発酵させたもろみを絞って得られる醸造酒です。
具体的な発明時期は不明ですが、飛鳥時代にはすでに文献に登場しており、古くから造られていたことがわかっています。
もともとは神事のためのものでしたが、次第に生産量が増え戦国時代には支配階級に、江戸時代には一般の人々にまで日常的に飲まれるようになっていきます。
アルコール度数を高めるための工夫や、菌類の存在や特性が知られる前から行われていた「火入れ」など、古くから驚くほど科学的な製法が取られており、その複雑さは醸造酒の中でも飛びぬけているといえるでしょう。
近年ようやく海外でも飲まれるようになってきましたが、国内での消費量、生産量は微減を続けており、消滅の危機、とまではいかずとも技術の一部が受け継がれず後退してしまうのではないかと危ぶまれています。
日本酒の醸造方法との比較
前述の通り、日本酒は非常に複雑な製造工程を持っています。
これは、原料である米がブドウや麦に比べて非常に発酵させにくいものであるためです。
米は自然のままの状態では糖分を持っておらず、そのままでは酵母による発酵が起こりません。
そのため、米を蒸して利用しやすい状態にしたうえで、麹菌というカビの一種の力を借りてでんぷんを糖化する必要があります。
また、ブドウのように皮に天然の酵母がついていることもないため、空気中に存在する酵母を呼び込んで繁殖させておく必要がありました。
(現代では純粋培養した酵母を添加するケースが多くなっています)
ブドウ果実がつぶれただけで発酵がスタートするワインと比べると、かなり難易度の高い複雑な手順を踏むといえるでしょう。
ただし、逆にその複雑さが発酵の進み方の調整も可能にしています。
特に、最終段階のアルコール発酵時では、材料を3回に分けて合わせる「三段仕込」という技法を使用することで、醸造酒ではありえないほどの高アルコール度数を得ることができるのです。
一般的に出回っている日本酒は、飲みやすさを考慮し加水してアルコール度数を下げてあるので14~15%前後、加水しない「原酒」の製品は19~20%前後となっていますが、酒税法の関係で造らないだけで理論上22%以上にすることも可能です。
通常の倍の期間をかけて発酵させる果汁濃縮系ワインが14~15%程度であることを考えると、このアルコール度数の高さが分かるでしょう。
発酵期間は2~4週間程度で、時間をかけてゆっくりと低温長期発酵にしたほうが味わいが良くなるとされています。
現代ではワインは腐造や予期しない発酵を防止するため亜硫酸塩などを添加しますが、日本酒の場合は酸化防止剤や防腐剤の添加は国内外共に一切認められていませんので、温度を60度前後まで引き上げて殺菌する「火入れ」を行います。
これはフランスで発明されたパスチャライズとほぼ同じ技法ですが、細菌学が伝わる前から「理由は分からないが、かき混ぜて「の」の字が水面に見える程度に温めると腐造しにくくなる」という職人の経験によって行われていました。
火入れは二回行われ、これを行わずに出荷されるものは「生貯蔵(一回目を省略)」「生詰め(二回目を省略)」「生酒(二回とも省略)」として区別されます。
日本酒の製造量との比較
日本酒の生産量は年間約56.6万キロリットルです(2016年統計)。
ワインは3000万キロリットル弱、ビールに至っては2億キロリットル前後の生産量を誇ることを考えると、比べ物にならない少なさです。
これは、ワインに比べて原料の生産も醸造法も難易度が高く、一定以上の品質の日本酒については製造がほぼ日本国内に限定されているのが大きな原因です。
(中国や韓国などに大手メーカーの大量生産型の工場が作られてもいますが、紙パックなどで流通するような廉価なものが中心になっています)
日本酒作りに使用される酒米の栽培には、たっぷりの綺麗な水と日本に近い気候が必要で、台風などの自然災害も少ない土地である必要があります。
醸造に必要な寒冷さは現代の技術であれば一定の設備によって補えますが、杜氏や蔵人と呼ばれる職人の技術は一朝一夕で伝えられるものではありません。
また、20世紀後半から海外への輸出が盛んになってきたとはいえ、まだまだ「海外の珍しい酒」くらいの地位から脱しておらず、日本以外で日本酒造りにチャレンジするメリットが小さいのも理由のひとつといえるかもしれません。
同じような設備や技術に投資するのであれば、市場の大きいワインやビールの方が勝算が高いのは間違いないでしょう。
日本酒の生産者数との比較
日本酒を造る酒蔵の数は1451軒(2016年統計)。
ただし、すでに醸造を停止して他社から仕入れた酒を自社名義で販売する蔵が少なくはなく、実態としては1200~1300軒前後と言われています。
面積が日本全体の0.02%に満たないフランス・ボルドー地方のワイン生産者が約8000軒、近年ようやく勢いを取り戻しつつあるアメリカのワイン生産者が約1600軒であることを考えると、どれだけ少なくなってきているかが分かります。
最盛期の1970年代には2500軒近くだったのが、半世紀で半減してしまったと考えると、急速に衰退に向かっているとすら言えるでしょう。
これは、国内での主要アルコール飲料の座をビールや酎ハイなどに奪われたこと、戦後しばらく造られていた三増酒や大手酒造メーカーの造る低価格酒との値下げ競争が激化したこと、他の業種でも問題になっているように職人の後継者が育たず廃業するしかない蔵が続出していることなどが原因とされています。
アルコール飲料の消費量が減少傾向にある上に、日本酒の酒類全体に対するシェアはすでに5%前後にまで縮小しており、利益が小さいことから次世代の職人の育成ができず、現役の職人も技術の継承に積極的でないという悪循環に陥っているようです。
20世紀後半から進められている海外への紹介活動によって、近年ようやく注目度もあがってきていますが、それによる需要の増加と現役生産者の廃業のどちらが早いかという問題にすらなりつつあります。
かつての名醸地が気候変化などで生産量を減らしつつも、それ以上の新生産地が生まれつつあるワインとは、この点でも大きな差があると言わざるを得ません。
日本酒の成分との比較
日本酒もワインと同じく成分の大半(80%前後)が水になります。
アルコール度数が14~15%程度ありますので、残りの数%が味や香りを作り出す成分となっています。
含有量の多いものとしては、原料となる米由来のたんぱく質、ビタミンB6、マンガンやモリブデン、カルシウム、ナトリウム、カリウムなどのミネラル類、味わいを作り出す微量で多種多様なアミノ酸などがあげられます。
麹や酵母が消費してしまうものや、逆に発酵時に発生する成分もあるため、原料となる米とは異なる成分もあり、これが「米だけを原料とするお酒とは思えない」と表現される花や果物のような風味を醸しだしているのです。
カロリーの面で比べると、スティルワインが100mlあたり約75kcal程度であるのに対して、日本酒は100mlあたり約105kcal程度とややハイカロリーになっています。
どちらも最初の原料が持っていた糖分は(ワインは製法や生産地によって異なる場合があるとはいえほとんどの製品で)アルコール発酵によって消費されてほとんど残りません。
(日本酒はほぼゼロ、ワインは1~2%)
カロリーの差は、平均アルコール度数が日本酒のほうが3~4%高いためであるといえます。
(アルコール1gは約7kcal)
また、打栓時に「リキュール・デクスペディシオン(門出のリキュール)」として糖類を追加するシャンパーニュ(トラディッショナル)方式で造られたスパークリングワインや、濃縮などによって高糖度状態にした果汁を使用し発行終了時点でも糖分の多く残る貴腐ワインなどの果汁濃縮系ワイン、発酵途中でアルコールを加えて糖分を残しアルコール度数も高いフォーティファイドワインなどは、当然製品によってカロリーが変わってきます。
一般的な辛口のスティルワイン以外では、日本酒よりもワインのほうが高カロリーであることの方が多いと言えそうです。
日本酒の価格帯との比較
同じ醸造酒ということでよく比較される日本酒とワインの大きな違いのひとつが価格の差の大きさです。
ヴィンテージや原産地呼称などによって750mlボトル一本で数百円から数十万円、時には数百万円という値段も珍しくないワインに比べて、日本酒の価格帯は非常に狭く、相当廉価なものでも四合瓶で500円を下回るものはほとんどなく、一般的に販売されているなかではハイエンドでも1万円程度、例外的に高値をつける限定醸造品でも10万円以上のものは数えるほどしかありません。
(しかも高額製品のうちほとんどが、有名作家が作った陶器製のボトルを使用するなど、お酒以外の部分で価値を付加したものです)
これは品質の良し悪しはもちろん、それ以上に著名なお酒に対して払われる敬意の差の違いといえるでしょう。
古くから貴族の間で愛されてきたワインは、ただの嗜好品を越えてある種の文化として定着しており、良いお酒を知っていることが教養のひとつして認められ得る土壌があります。
その点、日本酒を愛する文化人や政治家は少なくないにせよ、酒はあくまで嗜好品であり、宝石や芸術品のような高価値なものではない、というのが一般的な感覚でしょう。
それでも、近年では若い蔵元を中心に、素材や製法の点で高価値を付加した野心的な製品が造られるようになってきています。
国外のワイン市場、特に日常用のテーブルワイン代わりに飲まれるものではなく、嗜好品以上の価値に魅力を感じるような上流層で販売することを狙うのであれば、「安すぎない」事は必須の条件といえますので、今後の海外展開の広まりにあわせてさらに高価格帯の日本酒も数を増やしていくと考えられます。
日本酒の賞味期限との比較
日本酒は醸造酒であり、アルコール度数や糖度の低さから一般家庭で開栓後には長期間保存できる酒ではありません。
しかし、適正な環境下で未開栓の状態なら、数十年の熟成も可能とされています。
日本酒を熟成させると、アルコールや酸の刺激を感じにくく舌当たりが良い、いわゆる「丸みを帯びた」状態になっていきます。
また、フレッシュな香りが次第に影を潜め、複雑でややいぶしたような熟成香を身に着けます。
うす黄色から透明に近かった水色も、だんだんとべっこう飴のような黄褐色へと変化します。
赤ワインのようにポリフェノールや酵母が澱となって沈んだり、白ワインのように酒石酸が結晶化したりはしませんが、アミノ酸などに由来する少量の澱が出ることはあるようです。
全体的に熟成の進み方がワインに近いことからも、力のある日本酒であればワインと同じように熟成させられることがわかるでしょう。
しかし、実際には何十年も熟成させた日本酒はメジャーなものではなく、それどころか製造している蔵もそう多くはありません。
これは、明治以降に導入された酒税が、販売時ではなく生産時にかかる「造石税」という制度だったためです。
もともと、日本酒のアルコール度数や保存性が向上してきた江戸時代中期~後期には、長く熟成させて深い味わいを楽しむ文化が存在していました。
しかし造石税の場合、発酵させたもろみを絞った時点で税金がかかってしまったため、次年度以降の材料代などを確保せねばならない蔵元は絞ったお酒をすぐ販売に回さねばならなくなります。
結果として、熟成酒を造る蔵がほとんどなくなってしまい、消費者側でも熟成酒を飲む文化が消滅してしまったのです。
酒税法は第二次世界大戦終了間際に変更され、生産時ではなく出荷した時点で納税する方式に変わりましたが、消費者のニーズがないためすぐに再開する蔵元はほとんどおらず、長く日本酒とはビールなどのように新鮮なうちに飲むお酒でした。
しかし、消費者のニーズが多様化し、ワインの普及で「長期間寝かせたお酒は高価値である」という認識も行き渡ったことから、近年また熟成酒を造る蔵が増えてきているようです。
日本酒の価格が(たとえ数十年寝かせたものであっても)あまり高額であることに消費者が慣れておらず、熟成されるようになってからまだ日が浅いためワインに比べると若い製品しか存在しませんが、海外を中心に熟成酒に対する評価も高まってきています。
熟成酒は、今後の日本酒の進化の方向性を決める鍵のひとつであるといえるでしょう。
日本酒との比較 まとめ
日本酒は、ワイン以上に複雑で高度な醸造技術によって造り出されるお酒で、秘めたポテンシャルもワインに引けを取りません。
しかし、ワインと違って世界的な認識をされたのが1~2世紀以内というごく最近であること、原料の栽培や醸造が難しいこと、市場がとても小さく価格帯も低いことなどから、生産量、消費量共にワインよりもかなり少なく、生産者も減少を続けています。
日本国内での建て直しはもちろん、海外で大きな市場を広げていけるかなど、今後半世紀ほどが大きなターニングポイントとなりそうです。
長期間熟成などによって、ワインのように世界的に高額で取引されるような高価値商品を生み出していくことができるかが、海外での市場開拓の鍵になると考えられます。