ボジョレーヌーボーだけじゃない 新酒ワインの価値

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 一般的なワインは、原料となるブドウの収穫後、少なくとも一年近い熟成期間を経て販売されます。
これは赤ワインでも白ワインでも、「旧世界」でも「新世界」でもほぼ変わらないルールです。
でも、例外的に収穫から最短2ヶ月ほどで飲まれることを前提としたワインがあります。
それが、ヌーボー、プリムールなどと呼ばれる、新酒ワインです。

新酒ワインとは

 ヌーボー(Nouveau)、プリムール(Primeur)はどちらも「新しい」という意味で、ワインの用語としては新酒であることを示します。
日本で有名な「ボジョレー(ボージョレー)・ヌーボー」(Beaujolais Nouveau)も新酒ワインの一種で、ブルゴーニュ地方、ボジョレー地区で造られた新酒を指します。

 新酒ワインには、大きく分けて二つの役割があります。
ひとつは、日本でも良く知られているように「収穫祭のお祝い」です。
ブドウの収穫は、地域差はありますがだいたい晩夏から秋口の頃。
そこから2ヶ月ほどたつと、他の作物の収穫が終わって寒い冬が始まる前、収穫祭のシーズンになります。
通常通りの造り方では間に合わないこの時期に、その年のブドウを使ったワインを用意するために特別な造り方するのがヌーボーなのです。

 また、もうひとつの役割として「その年のブドウの出来を確かめる」というものもあります。
新酒ワインが飲めるのは、他のワインのアルコール発酵が終わって熟成期間に入ったころです。
アルコールにはなっているものの味見をするにはまだ早すぎる、そんなその年のワインの味を一足先に確認し、必要であれば熟成期間やその後の調合作業(アサンブラージュ)を調整する判断材料として、新酒ワインが利用されます。

 このように、新酒ワインは通常より早く飲めなければいけないワインです。
そのため、通常とは異なる造り方で生産されています。

マセラシオン・カルボニック 新酒ワインの造り方

 新酒ワインは、収穫から最短で2ヶ月ほどで飲める状態になっていないといけないため、一般的に「炭酸ガス浸漬法(マセラシオン・カルボニック)」という手法で造られます。
これは、果実が酸素の極端に少ない状態(嫌気雰囲気)に置かれると、内部の酵素がアルコールを精製する、という特性を利用した方法です。
伝統的な手順では、まずブドウを果梗のついたままの房ごとタンクに投入し、密閉してしまいます。
そうすると下の方の果実は重さでつぶれ、果皮が破れて果汁が流れ出してきます。
果皮には天然の酵母がついているので、ここでアルコール発酵が始まり、アルコールと二酸化炭素が発生。
この二酸化炭素がタンク内に充満し、嫌気雰囲気となります。
また、近代的な手法では、自然発酵を待たずに人工的に炭酸ガスを注入する方法もあります。
この状態になると、果皮が破れていない果実の中でアルコールと二酸化炭素が発生、果皮に含まれる色素(アントシアニン)を溶かし込みつつ果汁がにじみ出てきます。
また、果実由来の酸味成分であるリンゴ酸が、乳酸菌によって分解されるマロラクティック発酵も同時に起こり、ワインらしい酸味が形作られていきます。
近代的な手法では、自然発酵を待たずに人工的に炭酸ガスを注入する方法もあります。
温度にもよりますが1週間から10日ほどでこの工程を完了したあと、圧搾・分離した果汁に酵母を加えて改めてアルコール発酵を行い、あとは白ワインとほぼ同じ工程でワインに仕上げていくのです。
この手法であれば、20日~1ヶ月ほどでワインとして飲めるところまでいくので、11月ころの収穫祭に十分間に合うというわけです。

ヌーボーはバナナの匂い? 新酒ワインの特性

 造り方がこれだけ大きく異なりますので、当然その特性も通常のワインとは違う物になってきます。
まず、味わいは渋みの少ないすっきりとした物に仕上がります。
色は透明度の高い赤ワイン、という感じなのですが、浸漬状態のときのアルコール度数が非常に低く(3%程度)、種や果皮からのタンニンの溶出がかなり少ないからです。
一緒に投入される果梗からもタンニンなどの渋みの元となる成分が出ているはずですが、最終的な仕上がりは赤ワインにしてはとても飲みやすいものになっています。

 また、醸造期間が非常に短いため、果実の特徴が良く残っており、とてもフレッシュな味わいです。
もともとブドウの出来を確認するための試飲にも使用されているため、地域や品種ごとに飲み比べてみると、味も香りも驚くほど違いがあることに気付くはずです。
ブドウ品種の違いを勉強中の人にとっては、とてもわかりやすい教材となるワインとも言えます。

 良い点ばかりではなく、悪い特徴もあります。
まず、酵素によるアルコール生産を行うと、通常のアルコール発酵では発生しない独特の香りがついてしまいます。
一般に「バナナのような」と形容されるこの香りは、マセラシオン・カルボニックで造られたワインの大きな特徴とされ、どちらかというと短所としてみなされることが多いようです。
また、熟成期間をほとんど取らないことからも分かるように、この手法で造られたワインは長期の熟成や保存には向きません。
タンニンをほとんど含んでおらず、酸化が進みやすい特性もあるため、例えば一年置いておくだけで(ワインセラーのような理想的な環境であっても)劇的に劣化してしまう可能性が高いのです。
パッケージも長期間保存することを想定した物ではないので、できればその年の内に、すぐに飲めない事情があったとしても翌年の春までには飲んでしまったほうが良いでしょう。

ボジョレー以外のヌーボーも色々あります 新酒ワインの種類

 日本では、新酒ワインのなかでも「ボジョレー・ヌーボー」の知名度が際立って高く、一般的には他の国や地域で造られているものはほとんど知られていません。
でも、せっかく普通の製法のワインよりも産地や品種の特徴を楽しめる新酒ワインなのですから、ボジョレーの物しか飲まないなんてもったいないですよね。
数多ある新酒ワインの中から、代表的なものをいくつか見てみましょう。

ボジョレー・ヌーボー

 フランスのブルゴーニュ、ボジョレー地区で造られる新酒ワインです。
ボジョレー地区では当然新酒ワインだけでなく通常のワインも造られていますが、日本では「ヌーボー」のつかないものはほとんど知られていないとさえ言えます。
AOCで認められているものは赤ワインとロゼワインだけで、ブドウは100%ガメ(ガメィ)を使用しています。
タンニンの少ないすっきりとした赤に仕上がる特徴を持つこの品種は、新酒ワインのようなフレッシュで軽い味わいにぴったりです。
解禁日は11月の第3木曜日。
経度と時差の関係で、先進国の中では日本が一番はやく解禁を迎えます。
(ただし、本来ワイン法の制限を受けない日本では、これを破ったからといってなにか罰則があるわけではありません)
そのため、1980年代のバブル景気のころに都市部を中心に大人気となり、解禁日の0時を待って開栓する「ボジョレー・ヌーボー解禁パーティ」があちこちで開催されたり、その日だけ深夜まで営業を延長するワイン専門店に長蛇の列ができたりと、毎年生産地以上の盛り上がりを見せるように。
最盛期では800万リットル以上を輸入していたこともあり、「ボジョレー・ヌーボーは、フランスよりも日本で飲まれている」とさえ言われていました。
現在ではブームも落ち着き、輸入量も最盛期の半分以下になりましたが、今でもあちこちで今年の解禁日を知らせるポスターなどが張り出されたり、スーパーやコンビニなどでも大量に棚に並ぶなど、季節の風物詩として定着しています。
ペットボトルや紙のパックなど、簡易な容器での販売が多いのも特徴のひとつです。

ボジョレー・ヴィラージュ・ヌーボー

 ボジョレー・ヌーボーのうち、中部から北部にかけてある46の村で造られたものです。
より良質なブドウがとれるこれらの村のヌーボーは、果実の凝縮味が強く、新酒ワインながら力強いたっぷりとした味わいを楽しむことができます。
通常のボジョレー・ヌーボーよりもひとランク上のワインなので価格も高めになりますが、近年では日本でも販売の割合を増してきているようです。

マコン・ヌーボー(Macon Nouveau)

 フランスのブルゴーニュ、マコネ地区で造られる新酒ワインです。
ボジョレー・ヌーボーと同じように、「ヴィラージュ」とつく場合はさらに原産地(村単位)が限定されます。
マコネ地区はボジョレー地区北部に隣接する地域で、シャルドネの生産量が多く、良質な白ワインの産地です。
そのため、ヌーボーもボジョレーとは反対に白ワインのみが造られます。
知名度の問題なのかあえてなのか、「ボジョレー・ヌーボーの白ワイン」として紹介されていることがありますが、この表現は正しくありません。
同じフランス国内ですので、解禁日もボジョレーと同じ11月の第3木曜日です。

ヴィーノ・ノヴェッロ(Vino Novello)

 イタリアの新酒ワインです。
イタリアの原産地名称統制の最高位であるD.O.P.(Vino a Denominazione di Origine Protetta)と、そのひとつ下のI.G.P.(Vino a Indicazione Geografica Protetta)で定められた地域と製法で造られます。
「醸造期間は収穫から10日以内に終えなければいけない」「調合(アサンブラージュ)する場合、マセラシオン・カルボニックで造られたワインが40%以上でなければいけない」など、製法に関する厳密なルールが定められています。
ただ、生産地はイタリア全土に点在し、使用されるブドウも様々。
種類も赤ワインだけでなく、白やロゼがあり、地域や品種ごとの違いを楽しむことができます。
解禁日は10月30日です。

デア・ノイエ(Der Neue)

 ドイツの新酒ワインです。
全体的に赤よりも白ワインのほうが多いのが特徴で、他の新酒ワインに比べてやや甘口の物もあるため、あまりワインを飲まない人にもお勧めできます。
ブドウの収穫年や使用したブドウの品種名を表示することになっています。
解禁日は11月1日です。

ホイリゲ

 オーストリアの新酒ワインです。
「ホイリゲ」は「今年の」という意味で、転じて新酒ワインを指す言葉として使われていますが、このワインを出す居酒屋を指す場合もあります。
微発泡タイプで、ワイングラスではなくジョッキで豪快に飲むのが一般的です。
品種を区別せずに栽培・醸造された安価なものが多く、気軽に楽しめる新酒ワインと言えます。
ちなみに、このホイリゲ用の果汁を使用して通常の製法で造られた「ゲミシュター・サッツ」という安価ワインもありますが、こちらは近年見直され、品質が向上してきているとこと。
ホイリゲと飲み比べて、製法による味わいの変化を試して見てもいいかもしれません。
解禁日は11月11日です。

ヌーボーの資産的価値

 炭酸ガス浸漬法(マセラシオン・カルボニック)で造られたワインは、長期間どころか一年でも著しい劣化が見られるため、熟成には向きません。
日本でも毎年、年明けにはコンビニなどであまってしまったボジョレー・ヌーボーの安売りが行われているのを目にすることも多いのではないでしょうか。
在庫として持っていても、それ以降の販売は見込めないのです。
また、短期間で醸造され各地に出回ることから、先物的な取引にも向かない商品であるといえます。
通常のワインと違って、「品質が高くなりそうだ」と分かるころには、一般向けに販売が始まってしまうからです。
そもそも、味わいについても(フレッシュで品種の特徴が良く出ているという良い点もあるにせよ)高い評価がつくことはあまりなく、語られることがあっても例の「バナナの香り」についてか、軽めの早飲みワインとして優れているかどうか、というのがせいぜいです。

 日本での大成功などの事例を見る限り、初心者にもわかりやすい差のある新酒ワインは、マーケティングに成功すれば大きなビジネスの可能性を持っているのは間違いありません。
(当時なら、あるいは日本向けの製品開発を行うファンドなどが有望だったかもしれません)
もともとの「試飲用」「収穫祭用」という目的を考えると、地元での一定の需要は確実にある手堅い製品とも言えます。
そのため、生産者や仲介業者、販売者などからすると決して悪くない商材であることは間違いありませんが、消費者的・個人的な観点から見れば資産形成のために利用するのは難しいでしょう。