アルザス・ロレーヌ地方 フランスのワイン産地1
アルザス・ロレーヌ地方(Alsace-Lorraine)とは
アルザス・ロレーヌ地方は、フランスの北東部、ライン川を挟んでドイツとの国境沿いに位置する地域です。
フランス国内の主要なワイン産地ではもっとも東側に位置しており、ブドウ栽培面積は約15,000ha。
ライン川に沿って南北に約100km、幅1~5kmという細長い帯状にブドウ畑が連なる様子はブルゴーニュ地方に良く似ており、「アルザスのワイン街道」とも称されます。
フランク王国が三つに分裂した際に、現在のドイツの前身である東フランク王国、後の神聖ローマ帝国の領土とされ、17世紀以降はフランスとドイツの間で領有権が何度も行き来したことから、どちらの性質も併せ持つ独特の文化が根付いた地域として知られています。
ワインは、スタイルや使用する品種、方向性などがドイツ寄りであるとされていますが、一時期大きく甘口寄りになっていたドイツワインに対してアルザスのワインは一貫して辛口が主流となっているなど相違点も少なくありません。
アルザス・ロレーヌ地方のワインの歴史
ヨーロッパでも冷涼な機構を持つほうに分類されるアルザス・ロレーヌ地方は、古代のまだ未熟だった頃にはブドウの栽培が難しかったため、西暦前には南部からアンフォラによって運ばれてくるワインを輸入する地域だったと考えられています。
しかし、ローマ帝国が領土を拡大しキリスト教が国境となる頃には、ブドウの栽培やワインの醸造も始まっていました。
特に、中心地となるストラスブールに司教座が置かれ、周辺に修道院の所有する畑が増えていった8世紀頃には、現在のアルザス地方のワイン産業の基盤となる、十分な広さの良く整備された畑が全域に広がっていたようです。
ワイン産業が広がっていった時代にはフランク王国、つまり現在のフランス王国領だったアルザス・ロレーヌ地方ですが、主に相続による度重なる領土の分割や争いの結果、870年に現在のドイツの前身である東フランク王国、後の神聖ローマ帝国の領土に加えられます。
その後、国境付近に位置し良質のブドウはもちろん鉄鉱石や石炭も産出するこの地は、フランスとドイツによる争奪戦の歴史を刻んでいくことになるのです。
まず、17世紀の「30年戦争」とそれに続くルイ14世の積極的な領土拡大政策によって、1697年にアルザス地方が、1733年にはロレーヌ地方がフランス領へと移ります。
しかし、その150年後の普仏戦争(プロイセン・フランス戦争)では逆にフランスの大敗に終わり、1871年の講和条約によって所有権がドイツ帝国へと再度移動しました。
ドイツはワイン産業よりも近代工業の発達を重視したため、これからしばらくは大量生産的な「並級ワイン」の産地となってしまいました。
1919年には第一次世界大戦の結果としてフランス領に、1940年にはナチスドイツが占領してドイツ領に、そして1944~45年のフランス軍の巻き返しで再度フランス領になり、それ以降現在に至るまでフランスの一部である状態が維持されています。
ワイン造りは、争奪戦によって起こった戦闘やフィロキセラ災害、二度の大戦による被害などで一度は大きく後退したものの、近代設備の積極的導入など生産者の努力によって回復に成功。
現在では主に白ワインの主要な産地として数えられるようになっています。
アルザス・ロレーヌ地方のテロワール
アルザス・ロレーヌ地方は、フランス国内のワインの生産地のなかでは比較的北寄りに位置し、標高400mくらいまでの丘陵地帯に畑がつくられています。
これは本来であれば、冷涼な気候によってすっきりとしたワインが生み出されるテロワールといえますが、周囲を取り囲む山々、とりわけ西側の自然公園にもなっているヴォージュ山脈によって雨雲がさえぎられて降雨量が少なく、日照が多くなっていることや、海から離れているため典型的な大陸性気候を持つこと、昼夜の寒暖差が大きいことなどの条件によって、しっかりと熟成の進んだ凝縮感のあるワインを多く産出しています。
特に雨の少なさは非常に大きな特徴のひとつで、フランスの主要ワイン産地のなかでも、もっとも雨の少ない地域となっています。
土壌は花崗岩や片岩、石灰岩などポイントや地層によって大きく異なり、川沿いの斜面というだけあって水はけが良いのが特徴です。
ミネラルを多く含むため白ブドウの栽培に適しており、実際現在では地方全体のワイン生産量の95%近くが白ワインです。
アルザス・ロレーヌ地方のワイン造り
ラベルにブドウ品種名を表記
アルザス地方におけるワイン造りの最大の特徴は、なんといっても「ラベルに品種名が表記されるのが一般的」なことでしょう。
現在、アメリカをはじめとする新世界各国では普通に造られている単一品種のブドウのみを使用しその品種名を大きく表示したワイン、いわゆる「ヴァラエタルワイン」ですが、これはヨーロッパの伝統的な産地ではあまり見られない形態です。
特にフランスでは、古くからどの地域でどんなワインが造られているかが良く知られており、地域名がわかればどんなブドウから造られているかもわかるため、ラベルに使用ブドウ品種をはっきり記すことはほとんどありません。
しかし、アルザス地方は非常に多様なテロワールを持ち、同じ地域の中でも様々な品種でワイン造りが行われています。
また、ドイツとの間で何度も領有権が行き来していることから、フランスのワイン産地としての歴史が他の主要産地ほど長くありません。
そのため、単に「アルザス」と表示があるだけでは伝わらない可能性が高いワインの特徴を、ブドウ品種名で明示する必要があったのです。
逆に、北西にあるロレーヌ地方ではフランスの他の地域と同じように複数の品種をブレンドしてワイン造りを行っているため、表ラベルへの品種名の表示は行われていません。
フランスワインともドイツワインとも違う特徴
ブドウの使い方ひとつとってみても、アルザス地方はフランスのワインとはかなり異なる特徴を持つことが分かります。
ブレンドを行わないだけでなく、使用する品種自体も違っており、主要品種にはリースリング、シルヴァーナー、ゲヴュルツトラミネールといったドイツやオーストリア系のブドウが並びます。
しかし、ではドイツ系のワインなのかというと、実はそうでもありません。
近代頃のドイツワインは甘口が主流でしたが、アルザスのワインは一貫して辛口ですし、果汁の糖度による格付けも一部の例外を除いてありません。
「フルート型」と呼ばれる細長くなで肩でパントのほとんどないボトルはライン川を挟んだドイツにも見られますが、これはドイツ風というよりもこのライン川流域に特有のものと考えられます。
もともと、このアルザス・ロレーヌ地方は頻繁に戦渦に巻き込まれてきた地で、どちらかの国に対する帰属意識があるというよりは、どちらにも属さない「アルザス人」としてのアイデンティティが強いとされています。
文化的にも独特のものが多く、それがワインのスタイルにも強く反映されているといえるでしょう。
遅摘みと貴腐ワイン
アルザス地方で造られている特徴的なワインに、「ヴァンダンジュ・タルティヴ(Vandanges Tardives/遅摘み)」と「セレクション・ド・グラン・ノーブル(Selection de Graine Nobles/果粒選り摘み)」があります。
前者はその名の通り、ブドウが樹上で完熟するまで収穫を遅らせる手法です。
通常よりも果汁の糖度があがり、どっしりとした高アルコール度数のワインを造ることができますが、収穫直前に雨が降ると逆に薄まってしまう恐れもあるため、天候を見極めなければなりません。
降水量がフランス国内でも極端に少ないアルザス地方ならではの方法といえるでしょう。
後者は、ブドウを房ごとではなく果粒ごとに状態を見ながら収穫する方法で、貴腐ワインのみのアペラシオンです。
一般的にブドウの貴腐化は、灰色カビ菌が広がった果粒から進んでいくため、同じ房でも進行度が異なります。
それでも通常はコストの問題から、房ごと収穫してまだ貴腐ブドウとしては未熟なものも原料としますが、これを粒ごとにチェックして十分貴腐化したものだけを選りすぐることで、さらに完成された味わいのワインを造ることができるようになるのです。
どちらも使用できる品種が指定されているのですが、それぞれに果汁の最低含有糖度が設定されており、ピノ・グリとゲヴェルツトラミネールがヴァンダンジュ・タルティヴで1リットル当たり257g、セレクション・ド・グラン・ノーブルで1リットル当たり306g。
リースリングとミュスカがヴァンダンジュ・タルティヴで1リットル当たり235g、セレクション・ド・グラン・ノーブルで1リットル当たり276gとなっています。
こうした規定からは、より糖度が高い果汁から造られるワインほど高級とするドイツの影響がうかがえると言えるでしょう。
(ちなみに、ヴァンダンジュ・タルティヴとセレクション・ド・グラン・ノーブルはどちらも白のみです)
このほか、シャンパーニュ(トラディッショナル)方式を使用して造られる白とロゼのスパークリングワイン、「クレマン・ダルザス(Cremant d’Alsace)」もあります。
51のグランクリュ
アルザス地方は、その複雑な歴史背景や1935年のAOC制度の成立時にフランス領で無かったことなどから、ごく最近まで主に2つの広域AOCだけの地域でした。
すなわち、地域全体をカバーする「アルザス(Alsace)」と、その中でも特に良質なブドウの産地として認められた51の小区画(リュー・ディ)が使用する「アルザス・グランクリュ(Alsace Grand Cru)」です。
アルザス・グランクリュはもともとはまとめてひとつのAOCで、普通のアルザスワインと区別することだけが目的と言えるものでしたが、近年の価値観の多様化や産地の情報を詳細に求める傾向などもあり、2011年にリュー・ディそれぞれが単独のAOCに認定されました。
現在は「アルザス・グランクリュ+リュー・ディ名」の形で表示されるようになっています。
2017年現在に認定されているリュー・ディは、以下のとおりです。
- アイシュベルク(Eichberg)
- アッシュブール(Hatschbourg)
- アルテンベルグ・ド・ウォルサイム(Altenberg de Wolxheim)
- アルテンベルグ・ド・ベルグビーテン(Altenberg de Bergbieten)
- アルテンベルグ・ド・ベルグハイム(Altenberg de Bergheim)
- ヴィーベルスベルグ(Wiebelsberg)
- ヴィネック・シュロスベルグ(Wineck-Schlossberg)
- ヴィンゼンベルグ(Winzenberg)
- エンゲルベルク(Engelberg)
- オウリラー(Ollwiller)
- オスターベルグ(Osterberg)
- ガイスベルグ(Geisberg)
- カステルベルグ(Kastelberg)
- カンヅェルベルグ(Kanzlerberg)
- キッテルレ(Kitterlé)
- キルシュベルク・ド・バール(Kirchberg de Barr)
- キルシュベルク・ド・リボーヴィレ(Kirchberg de Ribeauvillé)
- ケスラー(Kessler)
- ケフェルコプフ(Kaefferkopf)
- ゲロケルベルグ(Gloeckelberg)
- ゴールデルト(Goldert)
- サリン(Saering)
- シュタイネール(Steinert)
- シュタインクロッツ(Steinklotz)
- シュタイングルブラー(Steingrubler)
- シュネンブルグ(Schoenenbourg)
- シュピーゲル(Spiegel)
- シュロスベルグ(Schlossberg)
- スポーレン(Sporen)
- ゾッツェンベルグ(Zotzenberg)
- ソンメルベルグ(Sommerberg)
- ゾーネングランツ(Sonnenglanz)
- ツィンコッフェル(Zinnkoepflé)
- フィングスベルグ(Pfingstberg)
- フォルブルグ(Vorbourg)
- フラエラテンベルグ(Praelatenberg)
- フランクシュタイン(Frankstein)
- ブラント(Brand)
- フルステンテュム(Furstentum)
- ブルデルタール(Bruderthal)
- フロリモン(Florimont)
- フロン(Froehn)
- ペルシッベルグ(Pfersigberg)
- ヘングスト(Hengst)
- マルクラン(Marckrain)
- マンデルベルグ(Mandelberg)
- マンブール(Mambourg)
- ミュエンヒベルグ(Muenchberg)
- メンヒベルグ(Moenchberg)
- ランゲン(Rangen)
- ルーサケー(Rosacker)
(読み仮名50音順)
これらのリュー・ディは1975年から順次追加されてきましたが、2017年現在では2007年に追加されたケフェルコプフ(Kaefferkopf)がもっとも新しいものになっています。
アルザス・ロレーヌ地方の主要なブドウ品種
上でも書いたように、アルザス地方ではブドウを単一品種のみでワインにするのが主流で、ラベルに品種名を表記する「ヴァラエタルワイン」が一般的です。
これは、「原産地名がそのままワインの製法や使用品種を示すので具体名は不要」とするフランスでは非常に珍しい特徴といえます。
近年は生産者やリュー・ディごとの違いも注目されるようになってきたとはいえ、使用するブドウが単一品種なので、品種名を見ることである程度そのワインの方向性や性質を見分けることができます。
アルザス地方で主に栽培されているのはほとんどが白ブドウで、
- ピノ・ブラン(Pinot Blanc)
- リースリング(Riesling)
- ゲヴェルツトラミネール(Gewurztraminer)
- ピノ・グリ(Pinot Gris)
- ミュスカ・ダルザス(Muscat d'Alsace)
- シルヴァーナー(Sylvaner)
などが主要品種となっています。
特に、リースリング、ゲヴェルツトラミネール、ピノ・グリ、ミュスカ・ダルザスの4品種は「高貴品種」として区別され、アルザス・グランクリュ、ヴァンダンジュ・タルディヴ、セレクション・ド・グラン・ノーブルについては基本的にこれらのいずれかを使用することが定められています。
(ただしアルザス・グランクリュのリュー・ディのうち、ゾッツェンベルグ(Zotzenberg)だけはシルヴァーナーを使用できることになっています)
また、「アルザス」「クレマン・ダルザス」、そしてロレーヌ地方の「モーゼル」「コート・ド・トゥール」では赤ワインやロゼワインも認められていますが、黒ブドウは主にピノ・ノワールが使用されています。