有機農法とビオディナミ農法 ワイン用ブドウの育成その4
有機農法の興隆 農薬の開発と行き過ぎた技術からの回帰
はるか昔に、自然の中では散らばっている植物をひと所にまとめて人為的に育てること、つまり農業が始まったときから、より良質な作物をよりたくさん、より確実に作り出すことは人類共通の命題でした。
より多くの良質な収穫があれば、その分多くの人間が集まって暮らすことができます。
作物の収穫量や出来不出来にばらつきがあると、増えた人々の間に食物が行き渡らず、場合によっては争いを生む火種となることもあります。
気候の変化や降雨量に左右されないよう、畑の位置や形などに工夫を凝らし、病気や害虫を退けるための知恵を、偶然と経験の中から長い時間をかけて濾しとっていく。
何千年もの間、「農法」はそうして少しずつ進歩してきました。
そして現代、人間が知覚できるよりももっと微細な成分や変化を調べられるようになったことで、「結果から推測する」のではなく、「変化を直接分析する」ことができるようになり、化学的な技術によって作物や環境リスクをコントロールする手法が一般的になっています。
より効果的に働くように調整された化学肥料と、恐ろしい病害虫を的確に排除してくれる農薬によって、収穫量も確実性もほんの数世紀前とは比べ物にならないほど向上しました。
しかし近年、こうした人為的な自然のコントロールが行き過ぎているのではないか、という声が強くなってきています。
薬剤などによる必要以上の干渉が、自然環境に対して大きな負荷となっているのみならず、そこから収穫される作物を食べる人間にとっても有害な影響を与えている、という主張です。
ブドウ栽培においても、化学薬品をふんだんに使った農法からできる限り距離を置こうとする生産者が増えてきており、その主張や方向性によっていくつかのグループに分類されています。
減薬農法と自然農法 自然と技術のバランスの考え方
減薬農法 農業技術の新しいスタンダード
現在こうした農薬などの使用を制限する方式として、もっとも多くの生産者が導入しているのが「減薬農法」です。
これは、「化学肥料や農薬は使用するが用法や容量を制限する」というもので、もはや近代農法に対するアンチテーゼというより、農業の進歩の新しい方向性といっても過言ではないほど、広く受け入れられ実践されてきています。
ただし、どこからが「減薬」になるのか明確な基準は存在せず、いままで使用されていた農薬量よりほんの少しだけ減らしただけのものから、数年に一度やむをえない時だけ使用する、というものまで、様々なレベルのものが混在しているのが実情です。
「予防的な大量散布をせず、病気や害虫が許容できる以上に出てしまったときに必要量使用する」という生産者が多いとされています。
化学肥料については、もともとブドウは肥沃な土地よりも枯れ気味の土地のほうが良く育つ植物で、栄養の豊富すぎる化学肥料との相性が悪かったこともあり、いまでは昔のように大量に使用されることはなくなりました。
表土に必要以上の栄養があると、ブドウの樹はわざわざ地中深くまで根を伸ばさず、地表付近に根を張ります。
そうなると、少量の降雨でも悪影響を受けやすく、味も香りも複雑味に欠ける果実しかつけられなくなり、猛暑や乾燥、病害に弱い樹になってしまいます。
結果として大量の農薬を使用せねばいけなくなるため、悪循環で効率も悪いと言わざるを得ないでしょう。
現在では有機肥料を中心に、必要量を見極めて最低限の量を施肥する、という方式が一般的です。
自然農法 最低限の人為で農業に挑む
その名の通り、できる限り人の手を加えず自然のままの状態で栽培するという農法です。
無肥料、無農薬はもちろん、土を耕すことや除草も行わない、という人も。
ただし、単純に自然の環境に作物を放置するだけでは、雑草など他の植物との競争に負けてしまうだけなので、農業として成立させるためのロジックなどは当然あります。
ブドウ栽培の場合は、富栄養化を避け風通しを確保するため、タンポポなどの花の種を撒いて背の高くなる雑草を追い出すようにしたり、致命的な害虫を排除するために天敵の昆虫を放つといった手法がとられています。
そもそも「自然農法」という明確な定義や法律はないため、広義では同じとされつつも詳細な部分の異なるいろいろな方針、手法が存在し、現在でも試行錯誤が行われてる途中だといえます。
味や栄養価、抵抗力などは増大するケースが多いようですが、ほとんどの場合収穫量は減少するため、手法を強調したりブランド化することで高級作物として販売されており、現代農法に疑問を持つ人々の支持を集めています。
「ビオロジック」と「ビオディナミ」 混同されがちな二つの「ビオ」とは
ビオロジック 近代までの知恵を生かす農業
ビオロジックとは、いわゆる有機栽培農法のことです。
減薬農法などと違って明確な規定があり、「化学肥料や殺虫剤、除草剤などの薬品を使用しない農法」と定められています。
ただしべと病などの予防のため、「ボルドー液」と呼ばれる薬剤の使用など、最低限の農薬の使用は許可されています。
家畜の糞や植物を発酵させて作る有機肥料だけを土に漉き込み、除草や防虫作業はすべて手作業で行わねばなりません。
また、収穫に機械摘みを採用することができないため、これも手作業です。
規定に沿った農法で栽培されたブドウを使用したワインには、「ビオ(有機栽培)」の認証マークや文言をラベルに入れることが許されます。
ビオディナミ 技術か、それとも思想か
これと似た名前の農法に、「ビオディナミ(バイオダイナミック)」という農法があります。
名前は似ていますが内容はかなり違っており、化学肥料や農薬を使わないことやできる限り手作業で栽培することに加え、「月の進行を基準とする特殊な暦で作業を行う」「一定の方法で作成したプレパラートと呼ばれる物質を使用する」ことが条件とされています。
基本となっているのは、20世紀初頭の人智学者、ルドルフ・シュタイナーの提唱した「農場は一個の生命体である」「病害虫はただの結果であり直接防除しても意味は無い。
その原因にあたる環境のアンバランスを解消することで対処するべき」という考え方で、使用する物質や暦も彼が考案したものです。
牛の角につめた牛糞を一年間土中に埋めてから使用したり、動物の内臓に植物をつめて寝かせたものを薬として使用するなど、通常の農法ではまず見られない特徴を数多く持っています。
「宇宙のフォースを取り込む」といった超常的な説明が頻出することから、しばしば非科学的、もしくは似非科学的で効果のない手法とみなされることも。
収穫量の過多や品質は二の次で、環境に調和した農業を行うことを主目的としていることや、前述の通り多くの(そしてほとんどの人にとっては必要性の理解できない)制約があるため、積極的に導入しようという生産者はあまり多くはありません。
ただ、化学薬品を多用する大量生産的なものに比べて、明らかに高品質なブドウとワインがビオディナミによって生産されているのも事実で、ごく一部ではあるものの大きな成功を得た生産者も出ており、シュタイナーが発明してから100年近くが経つ現在でも一定の注目を集め続けています。
厳密に規定を守って各地域ごとの代表団体による認証を取得すると、認定マークをラベルに使用することができます。