フランス南西部  フランスのワイン産地4

目次

フランス南西部地方とは

 フランス南西部地方は、ボルドー地方の南、ラングドック・ルシヨン地方の西に位置する、主要なワイン産地の総称です。
ここは大きな区分で言えば、本来は「ガスコーニュ地方」と呼ばれる地域ですが、他の主要なワイン産地、その中でも特にボルドー地方の陰に隠れて目立たないことが多く、ざっくりと「南西部地方」と呼び名されています。
栽培面積は約64,000haほどですが、栽培地があちこちに分散しており、対象区域は広範囲に及びます。
主に、ボルドー地方と同じくガロンヌ川とドルドーニュ川流域、ガロンヌ川右岸側のロット川やタルン川の流域、ガロンヌ川左岸側のピレネー山脈やひいてはスペイン国境までの地域などに、優れた地区や畑が点在しています。
古代には、プロヴァンス地方、ラングドック・ルシヨン地方を経て入ってきたブドウ栽培とワインの文化がフランス西部側に広まるルートとなり、周辺地域の中ではいち早くワイン造りが盛んになった地域でした。
しかし、1152年にアキテーヌ地方がイギリス領となってからは、まずボルドー地方が優先的にイギリスへとワインを出荷し、それが終わってからでなければガロンヌ川を通行できないという規則が定められ、知名度やブランドイメージの点で大きく差をつけられてしまいます。
結局、その差がそのまま現在のイメージの差に繋がってしまっていますが、もともとブドウ栽培に適した地域が多く、ワインの質では負けていないとされています。
近年、価値観の多様化などの影響もあって次第に注目度があがってきており、それに合わせて品質も向上してきている期待の産地のひとつとなっています。

フランス南西部地方の歴史

 フランス全土で見ると南方に位置するこの周辺地域は、ブドウ栽培やワインの歴史も比較的古く、ローマ帝国が支配領域を広げていた紀元前後頃にはワインが造られていたとされています。
特に、東のプロヴァンス地方、ラングドック・ルシヨン地方に近いロット川、タルン川の流域や、南のマディラン村付近など大きな川の近くにある主要な村や町付近で、最初のブドウ畑が開墾されていきました。
ブドウ栽培に適したテロワールの畑が多く、しかし南東部のような「放置しておいても勝手に育つ」というような過保護な条件でもなかったことから、順調に発展してその名の広く知れ渡る地域も少なくありませんでしたが、1152年にアキテーヌ公アルエノールが、当時のフランス国王ルイ7世と離婚しイギリス、プランタジネット家のアンリ・プタンタジュネと結婚したことから流れが大きく変わります。
アンリがイギリス王として即位し、プランタジネット朝の初代国王ヘンリー2世となったことで、フランス南西部は300年近くイギリス領となりワインもその多くが輸出されるようになります。
そして、その領内でも特にイギリス王家に忠誠心を示したボルドー地方が、歴代の王の寵愛を受けて急速に発展。
ワインの販売においても周辺地域に対して優先権を与えられるようになります。
当時は川を利用した船での輸送が一般的でしたが、ブドウの収穫期になるとまずボルドー地方のワインが船に積み込まれ、その販売が終わるまで他の産地のワインを港から出荷することはできなかったのです。
これは百年戦争によってアキテーヌ地方がフランス領に戻るまで続き、商業上の慣習から完全に撤廃されるまでにはさらに300年以上かかったため、その間にボルドー地方と南西地方の差は覆し得ないほど大きく広がってしまいました。
ただ、ワイン産業そのものがダメになってしまったわけではなく、国内においてはそれなりの知名度も保っており、特にボルドー地方に近く特徴も似通っている「ベルジュクラック(Bergerac)」や「ビュゼ(Buzet)」「カオール(Cahors)」、イギリス王家御用達だったとされる「コート・ド・デュラス(Côte du Duras)」、ブルボン朝初代国王となったアンリ4世の出生地でその洗礼式にワインが使用された「ジュラソン(Jurançon)」などが、個別に著名な産地として知られるようになります。
結局、その後のワイン需要の急増や高級ワインの台頭、そしてフィロキセラ災害のダメージから立ち直るのに時間を要したことなどから、他の主要地域の陰に隠れるように存在感が薄くなってしまったものの、設備や技術の近代化と生産者の努力によって立て直しに成功。
もともと産地の実力は十分だったこともあり、近年では再び注目されるようになってきています。

フランス南西部地方のテロワール

 南西部地方は、言うなれば「ボルドー地方以外のガスコーニュ地方全て」を指す総称です。
そのため、主要な地区や畑も各地に分散しており、テロワールは非常に多種多様なものとなっています。
例えば、ガロンヌ川やドルドーニュ川の両岸、ボルドー地方よりも上流域に位置する地域は、海洋性の温暖な気候と収穫期に少ない雨という、ボルドーに良く似た気象条件を持ちます。
また、逆にボルドー地方から大きく離れ、南西のピレネー山脈に近い地域は、山脈の急な斜面という水はけと日照に恵まれた土壌を持ち、東部のラングドック・ルシヨン地方のような濃厚なワインの産地となっています。
ガロンヌ川上流のロット川、タロン川流域の地域は海洋性気候と大陸性気候が交じり合い、地区ごと、もしくは町ごとに異なるテロワールが混在します。
こうしたテロワールの差は、当然造られるワインの差となって表れるため、南西地方のワインはひとつの特徴で表現するのが難しくなっているのです。

フランス南西地方のワイン造り

独特の品種

 前述の通り地区ごとに大きく異なる特徴を持つ南西地方において、もっとも大きな特徴と言えるのは使用品種の珍しさでしょう。
フランス国内のどの主要産地も、それぞれ伝統的な品種や特徴的な品種を持っているものですが、この南西地方の品種はその中でも特にマイナーなものが多くなっています。
黒ブドウでは、その名の通りタンニンが非常に多くコントロールの難しい「タナ(Tannat)」、高貴なスパイシーさを有するとされる「デュラス(Duras)」、フルーティで軽めのワインに仕上がる「ネグレット(Negrette)」、古代から栽培されている素朴な品種「フェル・セルヴァドゥ(Fer Servadou)」など。
白ブドウでは、フルーティでラングドック・ルシヨン地方のブランケット・ド・リムーにもブレンドされることのある「モーザック(Mauzac)」、皮が厚く「遅摘み」の甘口ワインに適したジュラソンの主要品種「プティ・マンサン(Petiti Manseng)」、トゥールーズのブドウとして古くから知られている「グロ・マンサン(Gros Manseng)」、ガイヤックを象徴する代表品種「ラン・ド・レル(Len de l'El)」などが南西地方独特のものとして知られています。
それぞれ異なる特徴がありますが、古くから栽培されている品種(かつあまりメジャーではない品種)は基本的に扱いが難しいものが多く、近年まで南西地方のワインが「洗練されていない」「素朴」「ワイルドすぎる」などと評価される原因のひとつとなってきました。
しかし、近年の栽培・醸造技術の進歩により欠点を克服、もともとの特徴的な長所を生かせるようになってきた品種も少なくありません。
多様な価値観が認められるようになってきた今、他では見られない味わいの南西地方のワインに注目が集まりつつあるのも当然であるといえるかもしれません。

手頃な価格のフランスワイン

 もうひとつの大きな特徴は、品質に対する価格の低さです。
ボルドー地方やブルゴーニュ地方などの陰に隠れてしまい、最近まで市場で影の薄かった南西地方のワインは、他のフランスワインのような「価格への知名度分の上乗せ」がほとんどなされていません。
また、ボルドーワインに抑えられてイギリス貴族を中心とした富裕層における知名度があまり上がらなかったため、ステータスや資産としての地位も築いてきませんでした。
しかし、ワインの品質的には他の主要産地に匹敵するものが多いため、結果として相対的に割安なワインが多くなっているのです。
特に近年では、他の地域ではできない挑戦的なワイン造りを行おうとやってくる野心的な生産者も増えてきており、品質も大きく向上しつつあります。
品質の高さが知れ渡れば、いずれ価格もそれにあったものになっていくと考えられますので、今のうちに試しておくべき産地といえるかもしれません。