地形 テロワールに含まれる条件その2

目次

ミクロクリマ わずかな差が大きな違いにつながる

 ブドウ作りに影響を与える環境というと、気候や土壌の性質ばかりに目が行きがちですが、実は周辺の自然や地形などの環境も無視できない影響力を持っています。
ほんのわずかな変化で味わいに差が出てしまうブドウにとって、吹いてくる風の向きや質、太陽に対しての土地の角度など、ちょっとした違いも大きな差を生む要因になるのです。
同じ畑のなかでさえ、同一品種のはずのブドウの生育に差を生んでしまう微細な環境のことを、「ミクロクリマ(微小気候)」といいます。

地形 地形その1

斜面 水を切り日光をたっぷり浴びるための工夫

 フランスやイタリアなどの有名地域のブドウ畑の印象として、最も多いのが「斜面に作られた畑」なのではないでしょうか。
場所によっては20度オーバーのかなり急な斜面に作られているところもあり、ちょっと離れて見ると丘や小さな山を縞模様でデコレーションしたアート作品のようにも見えます。
道路であれば自転車はもちろん車でさえ登っていけないような角度の斜面に、なぜブドウ畑を作るのでしょうか。
それは、「水捌け」と「太陽光の有効利用」がキーワードになります。

 ブドウの樹は乾き気味の土地で育てられた方が良質な実をつける植物です。
地表に十分な水分がないと、長く細かい根を地中深くまで伸ばして栄養や水分を吸収しようとし、これが樹の、ひいては果実を育てる活力の素になると考えられています。
また、果実に糖分が溜まり果粒が大きくなる時期に地中の水分が多すぎると、果汁の量が増えすぎてしまい、相対的に甘みの少ない薄い果汁になったり、実の成長が果汁の増加に追いつけずに実が割れてしまう原因にもなります。
斜面に降った雨は、地中深くに浸透するよりも早く地表付近を流れていってしまうため土中にとどまりにくく、同じ降雨量でも平地より影響を受けにくいのです。

 また、太陽の恵みをより有効に受けられるというメリットもあります。
ブドウは実の育成により多くの日光を必要とし、完熟させるためには果実が育つ約100日のうちに1300~1500時間もの日照時間を取らねばなりません。
これは日本に比べて夏の日照時間が長いヨーロッパやアメリカの西海岸付近でも、曇りや雨が例年より少しでも多いとクリアが難しくなるくらいの長さです。
もし日照時間が不十分だと、果実の成長が不十分だったり、糖分量が少なくて酸味のきつすぎる味わいになってしまったり、香りのバランスが崩れてしまったりします。
斜面の畑では、葉の一部が隣の樹の陰に入ってしまったり、他の樹や建物で日光がさえぎられたりといったロスが非常に少なく、太陽光をあますところなく浴びることができるのです。

 こうしてみると良い所だらけのようにも見えますが、もちろんデメリットもあります。
最初に書いたように、非常にきつい傾斜になっている畑が多いため、車を使った作業が困難です。
よほど資金に余裕のある大企業であれば、斜面専用のトラクターを独自に開発したりもできるのでしょうが、古くから土地を守りワイン造りを引き継いできた「旧世界」の生産者は、ほとんどが小規模な会社か個人事業主です。
そのため、樹の剪定や手入れ、ブドウの収穫など、ほとんどの工程が手作業になります。
手間隙がかかる分、当然コストもかかり、最終的にできあがるワインの値段に反映されてしまうため、一瓶当たりの価格が比較的高くなってしまうのです。
また、近年の異常気象で収穫を早めたり寒気に対処せねばならなくなった場合、処置に手間取り一部が間に合わない可能性もあります。
そうしたイレギュラーによる味の変化も、伝統的な方式を守るワイン造りの醍醐味であるとも言えるでしょうが、機械化され比較的安定させやすい生産者に比べて不利な点となっているのは否定できません。

平地 大規模化・機械化を可能にする畑

 ブドウ畑というと斜面に作られているという逸話が広まりすぎて、逆に斜面でなければ育たないような印象すら持たれている感がありますが、実際はそんなことはなく平地での栽培面積もかなりあります。
平地での栽培の最大のメリットは、なんといっても労力が少なくてすむこと。
大型の機械でも問題なく運用できますし、人が手摘みにするにしても斜面を延々と上ったり降りたりするよりずっと楽です。
大型のブドウ畑も比較的容易に作ることができますし、省力化・機械化ができる分、ワインの価格を押さえることもできます。

 逆にデメリットとしては、土壌によって水捌けが悪くなる恐れがあることと、斜面に比べて日照時間が少なくなることです。
ある程度以上の斜面であれば、降った雨は地表を流れ落ちていくため、多少水捌けの悪い地質であっても理想的な状態を保ちやすくなりますが、平地であれば降雨の影響をそのまま受けてしまうことになります。
特に山のふもとや斜面の下の平地では、流れてきた雨水が溜まってしまうため、良質なブドウの栽培は難しいでしょう。
太陽の位置が低いと隣の樹の陰になる部分がどうしてもできるため、日照時間が比較的少なくなるのも問題です。
少しでも多く太陽の恵みを受けたいブドウ栽培では、日照に関するハンデは地域によってはかなり大きいといえるでしょう。

山地 天候さえ合えば適性十分!

 「十分な勾配を持った斜面がある」「昼夜の寒暖差が激しい」という条件を持っている山地は、実はブドウの栽培に適した土地といえます。
古くは聖書の記述にも、「イスラエル、ユダ山の良質なブドウ」の話が出てきますし、日本の自生品種であるヤマブドウも、その名の通り山の中に自生していますよね。
フランスやスペインをはじめとするヨーロッパの有名産地にも、山中のワイナリーはいくつもありますし、日本のように平均気温が高めの地域では育成に適した条件を得るためには平野部より山間部の方が向いているとさえいえます。

 ただ、あまりに標高の高い土地だと、気温が下がりすぎてブドウの樹が育たない可能性もあります。
山の天候は変わりやすく、雲や霧も発生しやすいため、降水量や日照の問題もあるかもしれません。
また、あまりに険しい山の中だと、町に近い土地に比べて生産や流通にかかるコストが大きくなる可能性もあります。

 世界の平均気温が温暖化傾向にある現在、平地がブドウ栽培に向かなくなってきつつある場所でも、近隣の高地であれば好条件が得られるケースもあるかもしれません。
これからのワイン造りにおいて、大きな可能性を秘めたタイプの地形であると言えるでしょう。

その他の自然 地形その2

川 温度差からブドウを守る寒冷地の守り神

 フランスの北部やドイツ、そして北海道など、寒冷地のブドウ畑の近くには大小さまざまな川が流れているケースが少なくありません。
実はこれは偶然ではなく、川の存在もテロワールの重要な要素のひとつなのです。

 水は空気に比べて熱が移動しづらく、気温が急激に変化しているときでも一定の温度を保ちやすい物質です。
そのため、ブドウの収穫直前などの朝晩に急な冷え込みが起こった際などにも川の水は比較的温かく、その気温差により水面から霧が立ち上って畑を覆うことで、冷気による致命的なダメージから守ってくれます。
また、高緯度に位置する土地では日照時間が短く、十分な熟成が難しいことも少なくありません。
例えばドイツの場合、7月や8月の月平均日照時間は200時間を切ります。
これはお隣のフランス中心部に比べると半分近い数値で、当然そのままではブドウの育成に大きな影響が出ます。
でも川が近くにある場合、日が傾きかけてからも水面からの照り返しがブドウ畑に降り注ぐため、実際に陽が当たっている時間よりも長い時間光合成が可能になり、ブドウの熟成を助けてくれるのです。

海 涼しい潮風がブドウ畑を熱波から守る

 ギリシャやカリフォルニア、オーストラリアやニュージーランドなどでは、海に近い土地でブドウの栽培をしている生産者もいます。
これも川と同じで、気温に左右されづらい海からの潮風が吹くことで、急激な気温変化からブドウを守ってくれます。
もっとも、この場合は川面からの霧とは逆で、強すぎる日差しによる高温を冷たい海風が和らげてくれるというケースの方が多いようです。
また、ブドウの樹は数十mもの深さまで根を伸ばすため、海に近い地中に含まれる海洋性のミネラルを吸い上げ利用することもできます。
これにより、内陸地とは一味違った香味を獲得するのです。

 もっとも、他の植物と同じようにブドウも塩分を含みすぎる土地では塩害が発生し、うまく育つことができません。
海風も過剰になると、枝や葉を枯らせてしまったり病気を誘発してしまいます。
そのため、例えば海岸線沿いなどの至近距離にブドウ畑を作っているケースは非常に稀で、ある程度は距離を置かねばならないようです。

人工物 地形その3

 ブドウ造り、特に昔ながらの伝統的な方式での農作業には、多数の人手が必要です。
また、有名なブドウの産地は世界各国からのバイヤーやワインのファンが訪れるため、近隣には自然と宿泊施設や観光施設が建てられることになります。
つまりどうしても人工物との共存が求められるわけですが、これはブドウの樹にとってはリスクのある周辺環境となる可能性があるのです。

 道路を舗装するアスファルトや建物のコンクリートは、太陽光を反射して強烈な照り返しを起こしたり、熱を吸収して夜間に放射します。
ブドウはもともとやや寒冷な温帯気候を好む植物ですので、暑い真夏に強い照り返しを浴び続けると、弱って生育不良を起こしたり、最悪の場合は枯死する危険性もあります。
また、夜間の放射熱は気温の変動を阻害し、本来あるべき寒暖差を弱めてしまいます。
夜の気温が高すぎると、日中溜め込んだ光合成によるエネルギーを呼吸などで無駄に消費してしまうため糖度が上がらず、しかし熟成は進んでしまうため酸味も減少してぼんやりとした大味な果実になります。

 近隣の都市化が進むと地下水の汚染も懸念されます。
特にブドウの樹は非常に深くまで根を張る植物ですので、表面上汚染がなくても地中の水分移動により注意が必要になります。
また、高さのある建築物の影が日照を阻害する可能性もあります。
ブドウ畑の近くまで観光客などが入ってくることで、周辺環境の変化や破壊が起こらないとも限りません。
実際他の観光地では、ゴミや騒音は観光客の増加と切っても切り離せない問題とみなされています。

 もちろん、それらの問題があってもブドウ畑近くに町ができるのは、デメリットだけではないからです。
人が近隣に多ければ、労働力の確保も流通・販売も低コストで簡単に行えます。
また生産者側からしても、よほどストイックな人でない限り、娯楽も何もない山奥よりも、仕事を終えたあとに出かけていける町の側の方が魅力的に思えるはずです。
いかに高級なワインがもてはやされようと、一般的に流通するワインの価格は十分には高くなく、ワイン造りのための環境を保全するより都市として開発してしまった方がお金になる、という現実もあります。

 フランスをはじめとする「旧世界」諸国では、歴史あるブドウ畑やワインを保護するため、土地の売買や利用を制限する法律を設けるケースが増えています。
ただ、ワインの価格や生産量の変化、生産地の拡大からワインのあり方までが変わりつつある現代において、今までよりも難しい状況が増えつつあるのも確かだといえます。
今後はワインを選ぶ消費者側にも、テロワールやミクロクリマという重要な要素への理解と尊敬が、今まで以上に求められるようになるのかもしれません。